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エピローグ〜記憶の始まり
大学在学中に、僕と奈津は同棲を始めた。
性別変更手続きも終え、彼女の両親や僕の母も説得し、もうじき僕らは婚姻届を提出する。就職も、理解のある会社に恵まれて、やり甲斐をもって働けている。
エマはすっかり大きくなった。あの仔猫がこんなに育つとは思えないぐらいの成長ぶりだ。さらに獣医からも「しっかり健康です」と太鼓判を押されている。
そして二十五歳の夏、僕らが暮らすアパートに、一匹の仔猫が迷い込んできた。風通しのためにドアを開け放していたからだ。
僕はその仔猫を見た瞬間、
『ああ、ナナが帰ってきてくれた』
直感でそう思った。家に上がり込んだ途端に僕の膝上で眠り出す見事な慣れっぷりだった。
病院で調べたところ、飼い猫の気配がない生後半年弱の野良で、それなのにノミもダニもついておらず、猫特有の病気もすべて陰性だった。
奈津はこの仔猫がナナの転生だと分かったようで、慈愛を込めながら言った。
「迎える以外、選択肢ないよね?」
呪術師の家系だから、僕よりもこの子の意思を感じられるんだろう。それに懐かしい匂いだ。猫の香り。ナナの匂いがする。
「名前は、ナナでいいかな?」
僕が訊くと、奈津はくすくすと笑った。
「だってその子、その名前以外は嫌だって言ってるよ」
もう僕は泣いているのか笑っているのか分からない顔になる。
「そうかあ、そうかあ⋯っ。おまえ、ナナかあ。ありがとう。奈津、ナナ、本当にありがとう。僕は、なんて幸せ者なんだろうなあっ」
僕と、奈津と、エマと、新しいナナ──。
明日、カメラを買おう。何気ない一コマも、すべて記念日にできるように。
子供を作れない僕らにとって、確実に先に逝く存在でも愛すべき子と思えるように。
窓から差し込む夏の陽射しが、煌めく祝福の光に見えた。
僕らは日々、未来にも、新しい記憶を作っていく。
決して苦のもとにならない輝きの記憶を──。
そうだろう、ナナ──。
おわり
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