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岳が奏を抱えあげてベッドに寝かせるのを横目に見ながら、波瑠がいつもより要領の悪い手付きで、もたもたしながら車椅子を折り畳んでいた。
瑠衣も、ベッドの後ろの棚に着替えをしまいながら、時々手を止めて奏を方を見やった。いつもより作業が手につかなかった。
それでも、大した労力も要らない作業はすぐに終わってしまい、瑠衣たちは何もすることが無くなってしまった。
このまま意味もなく病室に残って、奏との時間を過ごしても良かったのかもしれないけれど、多分、何十時間そうやってここで過ごしたとしても、足りないと感じるだろう。
「駐車場、30分なら無料でしょ?そろそろ時間になるよ」
奏が冗談ぽく言ったその言葉が、瑠衣たちに良い具合に区切りをつけさせた。
「何にも用事がない時でも、連絡してきて良いんだからね」
波瑠の心配そうな、寂しそうな表情に、奏は柔らかな笑顔を返した。
「ありがとう。そうする」
そのやり取りを最後に、瑠衣たちは病室を出た。
駐車場に戻って、車に乗って、走り出して…。定型的な動作をこなしながら、瑠衣も、波瑠も岳も、三人が三人とも、まるで言葉を忘れた様に黙っていた。
それほど大きくはないミニバンの後部座席が、奏と車椅子がいなくなっただけなのに、あまりにも広く感じられた。
それでも瑠衣は、奏のスペースを確保するかのように後部座席の端に座り、窓に側頭部を押し付けて窓の外を見ていた。
運転席の岳も、助手席の波瑠も、何も言わない。
ふと、瑠衣のスマートフォンに着信を告げる振動があった。瑠衣がメッセージを開くと、それは奏からだった。
"木曜日のお見舞い。出来たら午後二時か、もう少し早い時間がいい。大丈夫そ?"
お見舞いの時間を指定してくる内容だった。他愛もない内容だったけれど、今までこういう事をお願いされたことはなかったから、瑠衣はどうしたのだろうと不思議に思った。
とはいえ、別に深く追求するほどの事でもないと思い、瑠衣は承諾の返事を送った。
"その日は昼から空いてるから、大丈夫 "
メッセージを送ってすぐ、奏からスタンプの返信があった。出会った頃から奏が使っている丸っこいフォルムのネコが、ありがとうと微笑んでいた。
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