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ⅩⅥ
木曜日、瑠衣は奏に指定された時間に病院に向かった。受付でお見舞いに来た事を告げると、応対した事務員は愛想よく微笑みながら手続きを済ませてくれた。
「もう一人来られてますけど、お知り合いの方ですか?」
事務員が何の気なしにそんな事を瑠衣に尋ねて来た。
「もう一人、ですか?」
他にお見舞いの訪問者がいるなんて話を瑠衣は奏から聞いていなかった。心当たりもすぐには思い浮かばなかった。
「すいません、誰が来てるのか、名前を教えてもらっても良いですか?」
そうお願いした瑠衣に、事務員はすまなそうな顔をしながらも、個人情報がどうだのと言って教えるのを渋っていた。
それなら最初から誰か来ているなんて言わなければ良いのに。そう瑠衣は思ったけれど、粘って揉めるのも時間が勿体ないと思い、そのまま奏の待つ病室へ向かった。
エレベーターに乗り、目的の階に着くと、瑠衣は心なしか急ぎ足で奏の病室へ向かった。怖いくらいの白さに溢れた病院の廊下をせかせかと歩き、突き当たりの角を右に曲がった。奏の病室はもうすぐそこだ。
気持ちがはやるばかりの瑠衣は、角を曲がった直後に、廊下で退屈そうに宙を見る背の高い影の存在にその足を止められた。
人影は瑠衣の来訪に気付いたようで、だるそうにもたれ掛かっていた壁から身体を起こすと、感情の読み取れない視線をこちらに向けて来た。
人影は、純季だった。
「待ってた」
瑠衣が来たことを確認するや、純季はただ一言そう言うと、すぐ傍らの病室のドアを開け、さっさと中へ入ってしまった。奏のいる病室だった。
「ちょっと待って」
病室の中に消えていこうとする純季の後を、瑠衣は慌てて追いかけ、滑り込むように病室へ入った。
いきなり走ったせいで少し荒くなった息を整えながら、瑠衣は静まりかえった病室を見回した。病室には、いつもの場所でベッドを少し起こした状態で寝そべる奏が、瑠衣に微笑みを向けていた。
その足元には、ベッドの枠に手を置きこちらへ目を向ける純季の姿があった。
「純季、来るって言って無かったじゃん。それにまだ学校っ授業中なんじゃ…」
「ごめん、私が無理言って来てもらった。手伝って欲しいことがあったから」
瑠衣の言葉を遮るように、奏がそう言った。
「手伝って欲しいこと…?」
戸惑いながら、奏の言葉を鸚鵡返しに復唱する瑠衣に、奏は微笑みを保ったまま自分のベッドの対岸にある別のベッドへ視線を向けた。
「ちょっと、そこで待っててもらっていい?純季と」
「…そこのベッドで?」
どうして、そう問い返す前に、今度は純季が瑠衣の前に立ち、視線をそのベッドと瑠衣の間で行き来させた。
行こう。そう促されているのだとわかって、瑠衣はそれ以上の問い掛けをするタイミングを失くした。
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