4.おいしい料理

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 勿論、そんなはずはない。  もう止められねぇ。  蓋を開けたと同時、うぐっと胃の中のものが吐き出された。夕食に食べたものと全てオサラバする。  もったいねぇ。  すっかりそれらを流しながら俺は心の中でつぶやいた。  あんなに美味しかったのに。腹だってへっていたのに。  本来、吐瀉物はトイレに流してはいけない。良い子はマネしてはいけないない。トイレが詰まる可能性があるからだ。  だが、今回は多目に見て欲しい。間に合わなかったのだ。下手に跡を残して、七生に知られても、嫌な思いをさせる。  てか、初めてかも。食ったもん、吐いたの。  空腹だったところに、急に油の強いものを放り込んだせいだろうか? それともやっぱり、疲れていたのか。にしても。  当分、起き上がる気にならねぇ…。  トイレの蓋に抱きついていると、隣の棟から笑い声が聞こえた。まだ楽しい夕食の時間が続いているのだろう。  なんだろな。  本来なら俺もあそこにいて、いつも通り、面白おかしく会話を楽しんでいたはずだ。  なのに、今は。  トイレの蓋を、力なく見つめる。  今日はどうも調子が出ない。いつもと違う状況に戸惑っているようだ。  あと少し休んでから、シャワー浴びるか…。  吐き出してすっきりしたが、匂いが付いて気持ち悪い。寝るにしてもこのままでは気分が悪かった。  しかし、何かするにせよ、暫くは何もする気になれず。トイレの蓋の上に伏せグッタリしていた。気をつけないとこのまま眠ってしまいそうだ。  と、誰かがトイレのドアを軽くノックしてきた。 「大和」  岳の声だ。予想していなかった声にビクリと飛び上がる。 「な、なに…?」  なるべく平気な声を作るが。 「何って、顔色、最悪だったろ? 俺には隠すなよ。…吐いたのか?」  そりゃそうか。  岳が気づかないはずがない。  俺は仕方なく片手を伸ばし、そそっとドアを開けた。カギはかけていない。きっとゴネれば岳は強引に入って来ただろう。 「ちょっと、気分が悪くなっただけだって」  俺はトイレから上体を起こしつつ、座ったまま岳を見上げた。トイレの蓋はしてある。吐いた気配はないと思ったが。  岳は直ぐに傍らにしゃがみ込み、 「吐いたな。口の端」  そう言って、唇の端に僅かに残った唾液を親指で拭われる。岳の前で取り繕えない。 「…ちょっと、な。てか、触ると汚いって」 「大丈夫だ。ほら、熱は」  額に手を当ててきた。 「…少しあるか。辛いだろうけど、身体を起こすぞ」 「ん、てか、岳。マジ汚れる…」  全てトイレに吐き出したが、周囲に飛び散っている可能性はある。それにやっぱりここはトイレで。  けれど、岳は意に介せず、俺を抱き上げると、ドアの向こう、隣の脱衣所に座らせた。 「余計な事は気にするな。シャワーは浴びれそうか?」 「ん…。あとで浴びようと思ってた。もうちょっとしたら──」 「俺が手伝う。イス、座ってろ」 「いいのか? まだ食事中だろ?」  するとため息をついた岳は。 「大和が体調悪いのを分かってて、放っておけないだろ。食べる前からお前の顔色が悪いのは気になってたんだ。もう食事は終わったしな。ほら、いいから少し腕をあげろよ」 「分かった…。ありがと」  俺は素直に岳に従った。
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