31.それぞれの思い

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31.それぞれの思い

 七生は飲み終えたカップをシンクへと運ぶ。亜貴は暫くソファに座って物思いに耽っていたが、ふと顔をあげ。 「七生、どこへ探しに行くつもり?」 「えっと、良く行くスーパーとか、海沿いの公園とか…。本屋さんにテイクアウト専門のコーヒー屋さんも。後は前に住んでいたアパートに、友だちの浅倉さんの職場とか。藤巻(ふじまき)さんのジムとかも、もしかしたら、来るかもって…」  キッチンでカップを洗いつつ、時折、遠くを見て考えるようにしながら答える。  七生は大和の友人関係も好む行き先も、ちゃっかり把握済みだ。ぼんやりしている様でいて、そんな事はない。 「ふじまき?」  亜貴が怪訝そうな顔をして問い返す。 「え? 藤巻(ふじまき)彰吾(しょうご)さんて、大和さんが通ってるジムのトレーナーでスタッフの…。さっきもご一緒しましたよ?」 「って、待って、待って。それって──藤の事? 俺、ずっと小さい時から一緒にいたけど、知らなかった…。藤巻っていうんだ。彰吾って、結構まとも。てか、ちょっとイメージ違う…。あれ、彰吾って顔?」  驚く亜貴の言葉に、真琴は苦笑すると。 「タケも藤としか呼ばないからな? 牧も、牧田(まきた)亮一(りょういち)って名前があるぞ。覚えておいてくれ」 「牧田…って、ラーメン屋の?」  七生が問い返す。 「そうだ。七生は行ったことがないだろ?」 「はい…。大和さんが、僕と遭難しかけた時、連れて行ってくれるって言ってくれました…。覚えているかな?」  若干の涙目だ。真琴は笑むと。 「大和は覚えているよ。七生は──大和の事…好きなんだってな?」 「っ?!」  会話に挟んだ真琴の控えめな問いに、七生は口をぱくぱくさせて、声にならない叫び声をあげた。それには亜貴も驚く。 「は? なにそれ。七生は兄さんが好きだったんじゃないの?」 「ち、違いますっ! って、どうしてそれを?」  慌てて七生は否定すると、真琴へ問い返す。 「すまない。俺たちだけなら知っていても問題ないだろう? 岳が教えてくれた。俺も薄々そんな気はしてたんだが…」 「そんなに──分りやすかったですか?」  七生は情けない顔になる。 「俺、ぜんぜん気付かなかったけど…」  亜貴はどこか拗ねた様に口先を尖らすが。 「俺も大和のことはいつも、注意して見ているからな? …いや、言い方がよくない。はっきり言おう。俺も亜貴も大和が好きだ。気付いていたかもしれないが…」 「いいえ。ぜんぜん…。それは…好かれているな、とは思ってましたが…」  今度は七生が驚く番。すると、真琴は笑いながら。 「ここには大和が好きな連中しかいないってことだな?」 「だね。ほんっと、七生までって…。あれだけ兄さんにべったりに見えたのに」  亜貴の言葉に、七生は視線を落とすと。 「あれは…。大和さんの事が知りたくて…。岳さんにはすぐにバレたんです。二人になった時、聞かれて。岳さんを見てたのも、大和さんはああいう人が好きなんだって憧れの念で…。岳さんの方も、それを知って、きっと僕が大和さんといる時間を減らしたかったんだと思います。なかなか二人にさせてくれなくて…」  亜貴は唸りながら。 「言われてみれば…。だから、兄さん、七生といる時間が多かったんだ。大和、気が気じゃなかっただろうに…」 「大和も誤解してたようだ。この前の遭難後に、岳とは話して、誤解は解けた様だが──」  真琴の言葉に、七生がギョッとする。 「って、じゃあ、大和さん…。僕の事…?」 「いや。知らないはずだ。岳は話していないと言っていたからな。大和が気付いていれば別だが…。多分、気づいていないだろう」  真琴は大和の性格をよく理解している。そういった感情に、大和は疎いのだ。  七生は思い切り、ホッとした様子を見せる。 「そう、ですか…」 「にしても大和、どこに行っちゃったんだろう? 俺たちの知らない場所になんて…」  亜貴は力が抜けた様に、ソファの背もたれに身体を預けそう口にした。真琴もため息をつくと。 「そうだな。どこに行ったのか…。兎に角、全力で探すつもりだ。岳も言っていたが、七生の誘拐も含め、すべて仕組まれた事だろう。目的がなんなのか知る必要がある…。この状況に喜ぶものが犯人だろうが…」 「そんなの…。思いつかないよ」  亜貴は不貞腐れた様に前髪をかき上げた。 「なにはともあれ、これから先は俺と岳、藤とで動く。様子から岳の過去に関わる連中が絡んでいる可能性もある。亜貴も七生も犯人が誰かわからない今、不用意な行動は慎んでくれよ?」 「はい…」  七生も、倖江から簡単に岳たち過去についての話は聞いている。素直に頷いた。  亜貴は不服そうながらも、 「わかってるって。前ので懲りてるもん。余計な行動は起こさない…」  すると、七生が不思議そうな顔をしてみせ。 「前って…?」 「また、追々話す。今はちょっと…」  亜貴は気まずそうに語尾を濁した。真琴は満足気に頷くと。 「懲りてるなら大丈夫だな? 七生も探すのはいいが、余り無茶な行動はしない様に」 「わかりました」 「てか、七生。結構、大和の行動範囲、知ってるんだ?」 「それはもう。好きなのでいろいろ調べました! もちろん、法に触れる様なマネはしてませんけど…」 「こわ。…てか、あとで俺にも教えてよ。俺、結局、学校があるから昼間の大和、ほとんど知らないんだよね。あーあ、早く大人になりたいなぁ…」  すると、七生はすっかり呆れて。 「本当に大和さんのこと、好きなんですね?」 「そうだよ。大和が兄さんを好きになったから、抑えてるけど…。兄さんは隙を見せられなくて大変かもね」  亜貴はいたずらっぽく目を光らせる。真琴は顎に手をあてながら。 「まあ、実際幾らでも隙はあるんだが…。やはり大和が好きだから、無理な行動は控えているのが現状だな?」 「そうそう。やっぱり、ね。大和は隙だらけ。でも、無理強いはできないし。七生もそこは分かってるよね?」  亜貴は念を押す。 「もちろん! …今はとにかく、無事で戻ってきて欲しいです…」 「そうだな…」  真琴は思案気に視線を外へと向けた。  すっかり夜の帳に包まれた景色。この空の下、大和はどこかにいるはず。 「──さあ、もう遅い。さっさと岳が作ってくれたサンドイッチを食べて、寝るとしよう」 「わ、美味しそう!」  思わず七生が声をあげた。亜貴もテーブルに寄って覗き込むと。 「俺も食べていい? 多めに作ってあるもん。このクリームチーズの、大和のレシピだ」  それは確かに大和が前に時々作ってくれた軽食メニューの一つだった。  クリームチーズに練乳を混ぜたもので。簡易チーズケーキのような風味になる。  笑いながらそれを食べた事を思い出した。  なんとしても、その日々を取り戻す。  真琴は岳に負けず、強く心に誓った。
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