31.それぞれの思い

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 その後、岳はすっかり寝支度を整えたものの、眠る気になれず。  傍らが空いたままのベッドに腰掛け、ぼんやりとスタンド下の瓶詰めになったカワウソを見つめていると、寝室のドアをノックするものがいた。 「岳、いいか?」  真琴だ。どうせ起きていると踏んだのだろう。 「…ああ」  返事をすると、真琴が入ってくる。真琴も後は寝るばかりの姿だ。 「少し、話したくてな」  岳の気落ちした様子に気付いたのだろう。岳は苦笑を浮かべると。 「…そんなに、情けない顔をしてたか?」  茶化して見せたが。 「大和は大丈夫だ。必ず戻って来る──。タケが一番、分かっているんだろ?」  真琴の目は真剣だ。大和の心は離れていないと、言いたいのだろう。 「…そのつもりだ」  真琴の言葉にそうは答えたが。  自分の手から逃げていった大和の後ろ姿ばかりが思い起こされ、気持ちを重くする。 「──けれど、そう、思い込んでいただけかもしれない…」  あいつの事は全部、分かっているつもりだったのに。  大和を引き留める力がなかった。  まして、一瞬でも疑うような視線を向けてしまったのだ。すると、真琴は。 「あの状況なら、誰しも一時は勘違いするだろう。俺だって血にまみれた大和を見た時、まったく疑わなかったかと聞かれれば──嘘になる。あれは誰もがそう思ったはずだ」 「どうだろう…」 「大和だって理解していたはずだ。俺たちが本気で疑うような人間じゃないと…。大和が逃げたのは動転していた所為だ。過去のトラウマもある。あんな状況に陥れば、冷静じゃいられない──。…分かっているんだろ?」 「ああ…。けど、大和は──逃げた。それが現実だ。あの時躊躇わず、大和を無理にでも抱きしめていれば良かった…」  何も構わず、そうするべきだったのだ。それを──。  大和がやるはずがないと分かっていても、躊躇した事実は消せない。深いため息をもらせば。 「大和は俺たちを大切に思うからこそ、逃げたんだ。きちんと無実が証明されればきっと戻ってくる。過去を悔いるなら、次、大和と会った時は、躊躇わなければいい。それだけの事だ」 「……」  真琴はそう言って、沈黙した岳の肩にポンと手を置くと。 「──じゃあな。おやすみ」  それだけ言い残し、部屋を出て行った。再び、一人だけの部屋になる。  次、大和を見つけた時──。  大和が自発的に戻って来るならいいが、きっと今回の状況から、それは難しいだろう。  必ず見つけ出す。そして──。  真琴の言うまでもなく、その時は有無を言わさず、抱きしめ連れ帰る。二度と手放さない。  そう決めている。  一度ならず二度までも、大和を失いかけた過去がある。その時に、二度と手放さないと決めていた。  大和──。  兎に角、大和を見つけ出すため、洗えるところから洗って行かねばならない。なんとしても、大和の足取りを掴まねば。  もとは七生の誘拐からはじまったのだ。まともな連中が関わっているとは思えない。  理由を探る必要があった。  例の刺された男も探るか…。  回復を待って話を聞くつもりだ。  七生から聞いた話によると、シマを荒らしたと、大和に突っかかっていたらしい。  シマ──か。  楠には情報を掴み次第、連絡をもらう手はずになっていた。その辺りの情報が分れば、大和の行方も知れるはず。  必ず、取り戻す。  岳は今は冷たいままのベッドの傍らを見つめた。ここに大和がいないなど、あってはならない事だった。  『岳──』  呼べば、照れくさそうに笑って、こちらを見上げてくる。  手を伸ばせば、いつも届くところにいなければ。  本当は、大和が山小屋で働くのも反対したかったほどだ。  どこにも行かせたくない。  自分だけのものにしておきたいのだ。  こんな独占欲、間違っていると思うのだが、自分ではもうどうしようもない。  大和と出会った時点で、こうなることは決まっていたのかも知れない。  迎えに行くまで、どうか、無事でいて欲しい。  それが今の岳の願いだった。
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