03 許嫁と親友と

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03 許嫁と親友と

「………………は?」 「凜太さん、仲良くしなさいね。休憩が終わりしだい、入れ替わりに秋継さんを紹介しますので、愛奈さんを呼んできてちょうだい」 「ちょっと待って。お見合い? 姉さんはこのこと知らないんじゃ……」 「本人にはお見合いのお相手を紹介しますと事前に伝えてあります。会わせるのは今日が初めてですが」  気の強く大きなイベントでも臆せずこなす姉が、いやにぴりぴりしていたのは気になっていた。こういうことかと、納得する。 「せっかくだし、凜太さんと一緒に食事でもしたいのですが」  何を言っているのだと凜太は小刻みに首を横に振った。 「あら、良い考えですね。では、私はフロアに戻ります。凜太さん、失礼のないのうに」 「ご案内ありがとうございました」  祖母の足音が遠退いたのを見計らって、先ほどの態度とは打って変わり、秋継はどっかりと椅子に腰を下ろした。 「っ…………、最悪だ…………!」 「こっちだって最悪。なんで……こんな」 「いいか。絶対にあの日のことは言うな。忘れろ」 「嫌だ」 「今、うんと言ったな。よし、いい子だ」  綺麗な笑顔をへし折りたくなった。 「っていうか、あんまり驚いてないよね。知ってた?」 「知ったのは家に帰ってからだ。見合いの話が平野家から来ていてな。愛奈さんのプロフィールや家族構成や家族写真まで同封されていた」 「うわあ…………」 「俺も同じリアクションをした」 「似たもの同士じゃん」 「まったくだ。お前だってばれたくないだろ?」 「男の人が好きなのはばれたくない。家元が知ったら勘当どこじゃないよ。多分、倒れる」 「うちも同じ事情だ」 「っていうか、キャラ作ってたわけ? ホテルではあんなに優男だったくせに」 「お前もキャラ作ってただろうが」 「僕はこのまんまですー」 「どうするか……これから」  秋継が背もたれに背中を預け、椅子が嫌な音を立てる。心の不穏の声だ。 「見合い、受けるの?」 「とりあえずは」 「……………………」 「なんだよ」 「断って」 「それができたらここにはいない。なに、そんなに姉が好きなのか?」 「なんでそうなるのさっ。人の気持ちも知らないでっ」 「お前だって同じだろ」 「同じ? なにが?」 「…………もういい」  深い深い、とてつもなく深いため息だ。凜太も同じくらい息を吐いた。 「なんだ、それ?」 「マッサージ器」 「桜田……春?」  秋継は差出人の名前を見て呟いた。 「僕の親友」 「桜田って、地主の娘さんか」 「知ってるの?」 「雑誌にもよく載ってるからな。典型的なお嬢様だろ」 「お嬢様ねえ……今度会わせてあげたいよ。あ、お弁当食べようよ。お腹空いた」 「のんきだな……午後は仕事か?」 「ううん。僕のお稽古は終わった。午後は姉さんがお茶を点てるんだ。アキさんは?」  アキ、と名を呼んだだけなのに、彼は咀嚼を止めて物言いたげにこちらを見ている。 「アキはないだろう。俺たち『初対面』だぞ」 「じゃあメールの中だけにするから、連絡先教えて」 「お前な……。なんで俺がアプリごと消したと思ってる」 「僕がどんだけ泣いたか知りもしないで」 「…………それは悪かった」 「だから連絡先教えてほしい」 「それは無理」 「どうして?」  凜太は悲壮な声を上げる。 「お前とのやりとりを万が一見られでもしたら……」 「ならゲーム内でやろう」 「もう一度インストールしろって?」 「うん」  一度は破れたと思った。縁があってか、また彼が目の前にいる。最悪な出会い方だが、なりふり構っていられなかった。 「インストール中」 「やった」 「条件つきだ。あの日のことを誰にも言わないこと」 「忘れろ、じゃないんだね」  涙が流れそうになる。忘れられるはずがない。あんなに優しく抱いてもらえて、世界一の幸せ者だと思っていたくらいだ。 「でも親友には喋っちゃった。大丈夫、口は重くてべらべら喋る人じゃないから」 「……もう判った。これ以上は広めるな。……IDは?」 「えーとね…………」  後ろでは猫被り系の秋継と愛奈が穏やかに挨拶を交わしている。うまくいかなければいいと呪いつつ、凜太はフロアへ戻った。  特にやることもないので、他のフロアを見て回ることにした。  人だかりができているのは、飴細工職人のコーナーだ。  ウサギ、金魚、アニメのキャラクターなど、飴細工が次々と売れていく。 「すみません、飴細工を作って頂きたいのですが」 「ここにあるものならいいよ」 「じゃあ……これとこれで」  軟体な飴が次第に形になり、あっという間に出来上がった。 「早い。すごい」 「早く作らないと冷めちゃうからね。お坊ちゃんはどこから来たの?」 「向こうのフロアで茶道をしています」 「ああ、それで袴なんだね。はいよ、もう一つ」 「ありがとうございます」  生きている宝石だ。臨場感がある。世界に同じものは存在しないだけで、とんでもない価値が込められている代物だ。  茶道のフロアに帰ると、秋継が表に立っていた。長身で姿勢の良い彼は、立っているだけで人の目を引く。黙っていれば優男。彼そのものが芸術だ。  表千家は縁があるようで遠い存在だ。裏千家とは作法も異なる。体験してみたくて予約の紙に平野凜太と書いた。  凜太の番が回ってきたとき、秋継の笑顔が凍った。そして形式的な質問をする。 「どちらからいらっしゃいましたか?」 「隣の裏千家から参りました」  見ていた客人からはどっと笑いが起こる。 「ではこちらへどうぞ」 「はい」  他の客人へはそれはもうご丁寧な作法を教えていたが、凜太へは特にない。  見ていたのだから判るだろ、と挑発の眼差しを向けてきた。  歩き方、座り方も異なる。見よう見まねでやるしかない。 「正客の位置」  結局は教えようとする、こういう小さな優しさに後ろから蹴りたくなった。正客は上位に値し、亭主の一番近くの位置だ。  茶を点てる仕草も無駄がなく、雑誌のモデルのようだった。  彼が点てた茶は泡立ちが少なく、水色は夏の鮮やかな若葉色をしていた。 「……時計回りに二度回す」  秋継は小声で言った。凜太は言われた通りに回し、茶碗を口にした。  まろやかで後味がすっきりしている。人差し指で口をつけた部分を拭った。 「反対方向に二度回し、畳へ置く」  慣れないならがも茶碗を置くと、秋継は声には出さず唇のみで会話をした。 ──完璧。  いじわるなのか優しいのか、凜太の心はひどく脅えた。  夢中になってはいけないのに、これは恋だと自覚するのに充分だった。 「九点」  生徒のお見送りが終わりあとは帰るだけの状態で、秋継は控え室へ入ってきた。 「突然なに?」 「今日の点数」 「十点満点中?」 「いや、百点満点中」 「ひどい! さっきは完璧だって言ったのに!」 「でもまあ悪くはなかった」  秋継目線を外した。 「でしょ? あ、そうだ。プレゼントあげる」  凜太は購入していた飴細工を彼に渡した。 「どうしたんだよこれ」 「向こうのフロアで飴細工のコーナーがあったんだ」 「へえ……。でもなんでハリネズミ?」  秋継は棒を回して小さなハリネズミを眺めている。光の当たり方によって色が変わった。 「臆病だから」 「なんだって? かっこいいって言ったか?」 「じゃーん。僕は狼」 「なんで狼だよ」 「かっこいいじゃん」 「小鹿の間違いだろ」  とか言いつつ、彼は鞄の隣に置いていた紙袋を差し出してきた。 「やる」 「いいの? なあに?」 「お前の好きそうなもの」
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