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04 下心とデート
イベントを終えて家に戻った後、部屋で秋継からの頂き物を開封した。中身はチョコレートだった。缶に入っていて、高級感漂う金と銀の二つセットだ。
夕食の後だったが、紅茶と一緒にトリュフチョコレートを味わった。
ゲームアプリからメッセージの知らせが届いたので、凜太はさっそく開いてみる。
──お疲れ。
色気のないメールであっても心に染みる。
乾燥棚に干しておいた茶葉でお茶を淹れ、彼に贈った。するとすぐに返事が届く。
──これなに?
──今、作った。飲むと仲良くなれる。
──仲良くなれるとどうなるんだ?
──恋人になれたり、ふたりしか使えないエモートができたりする。
家にアバターが入ってきた。名前はアキ。見た目は退会する前と同じだが、服を着ていない。
──ぎゃー! 変質者!
──服がないんだから仕方ないだろ……。
──クローゼットにシャツと短パン入ってるのに。
──着てくる。
──あげるよ。使ってないのあるし。
ちょうどハリネズミのイラストが描かれているシャツがある。それとジーンズをセットにして、プレゼントした。
秋継はさっそく中身を開けて、身につけた。
──まて、なんだよこれは。
──ちょうどあったんだよ。僕、ハリネズミ好き。
──ハリネズミカフェとか、今いろんなの流行ってるよな。フクロウとか。
──連れてって! デートしよう。
──大学も行ってお弟子さん相手に稽古もして時間あるのか?
──絶対に死守する。
連絡はしばらく来なかった。寝てしまったのかもしれないと思いつつ、秋継のアバターに悪戯を仕掛けた。
撫でたり、頬をむにむにしたり、ありとあらゆる愛情を込める。
──二週間後の土曜日なら空いてる。
──僕も空いてる。ハリネズミカフェがいい。
──東京来るか? そっちにないだろ。
──田舎だってばかにしてるでしょ。
──あるのか?
──ないけど。
アキは笑うエモートをした。アキの前をうろうろして、足を踏んでやる。
──いいよ、行こう。楽しみにしてる。
──またそうやってきゅんきゅんさせるようなことを!
──きゅんきゅんしてたのか。
──するよ! 裸でここ来たときは運営に通報してやろうかと思ったけど。
──不審者がいるって?
──そう。ヤバいよこの人って。
ひとしきり笑ったあとは、二度三度あくびが出た。
お開きにしようと向こうが言ってきたので、アプリを閉じた。
二週間の土曜日にカレンダーへ印をつけ、凜太は布団へ潜った。
「それで、愛しのアキさんとばったり再会?」
「そう、すごいでしょ」
今日は桜田春と一緒に食堂で昼食を取ろうと待ち合わせをした。重箱に入ったお弁当は、いつもより大きめだ。
「卵焼きのあんかけって初めて見た」
「どうぞ」
「やった。いただきます。……美味しい、蟹の味がする。こっちも食べる?」
「もらうわ」
平野家の家政婦が作る弁当は、凜太の好みに合わせている。肉は唐揚げかハンバーグが多く、卵焼きは砂糖がしっかり入っているものだ。
「アキさんはハルのことも知ってたよ」
「どこで知ったのよ」
「その手の雑誌だって。舞踊やら華道やらで大会に出て優勝したりしてるでしょ? 伝統文化の雑誌にハルは表紙を飾ったりしてるし」
食堂の壁には、夏に行われるミスコンのポスターが貼られている。今の時代にそぐわないという意見も出たが、これも伝統として今年は行うと決定した。
参加者のほとんどが一年から三年で、当然のように桜田春の名前と顔写真がある。ちなみに高校のミスコンでは、ぶっちぎりの優勝だ。地元のお嬢様ということもあり、話題を呼んで有名プロダクションから芸能人にならないか、とスカウトが来たり、各界を騒がせた。
「本名はなんて言う方?」
「相沢秋継」
「聞いたことあるわね……」
「表千家の方だから、ハルもどこかで会ったことがあるかもよ」
「なんにせよ会えてよかったわね。デート楽しんできて」
「ありがと」
立場上、好きだけではやっていけないと理解している。だが心は別だ。目を逸らしたくなる感情の破片は、取り除いても奥へ奥へと突き刺さる。
桜の葉が青々として夏を迎える準備が整ったが、凜太の心の準備がまだだった。
変なところはないか、とガラスウィンドウに映る自分を何度も見ていると、シルバーのワゴン車が目の前で停車した。ナンバーも教えてもらっていたので、すぐに助手席へ乗り込んだ。
「こ、こんにちは」
「別に変なところないぞ。なに気にしてんだ」
「っ……デートなんだから気にするの!」
「はいはい。こんにちは」
秋継はゆっくりとアクセルを踏む。
「迷わなかったか?」
「東京はたまに来るし、わりと慣れてる。でも車の運転したら多分迷う。あー、どうしよう。緊張する」
「ベッドではあんなに大胆だったのに何を今さら」
「それとこれとは違う!」
腹が盛大な音を鳴らした。朝も緊張であまり食べられず、茶を飲んだくらいだった。
「何が食べたい?」
「絶対に洋食がいい。洋食ならなんでも」
「ああ……苦労してるんだな」
「判ってくれる? なんでも家元の好みになるんだ」
「うちも似たようなもんだ。盛大に肉やパスタでも食べよう」
和に重んじる平野家は、朝から晩まで和食ばかりだ。家政婦が作る弁当には唯一洋食が入っていて、愉しみの一つである。友人からクリスマスにチキンやケーキを食べた話を聞くと、羨ましくて仕方なかった。
「こっそり洋菓子とか食べないのか?」
「食べるけど、見つかるとため息つかれたり小言が降ってくる」
「たまに異文化嫌いの年配者がいるけど、何なんだろうな」
「だから外で食べるようにしてるんだ。ハルとケーキ食べ放題とか行ったりして、発散させてる。アキさんは?」
「俺は一人暮らしだから、いつでも食べられる」
「アキさん……一人暮らしなんだ」
車の中だからか、アキと呼んでも叱られなかった。大胆にも二度呼んでみる。
「跡継ぎでもないし、わりと自由に生きてる。他の仕事もしてるしな」
「そうなの? 何の仕事?」
「プログラマー。亭主として茶を点てたりするが、他の時間はパソコンとにらめっこだ」
「いいなあ。僕も一人暮らししたいけど、料理もままならないんじゃひどい生活になるんだろうな」
「必要に駆られれば意外と覚えるもんだ」
どこの店に行くとは聞かされないまま、秋継は信号を右折した。
店の屋根にはケーキの看板が大きく掲げられている。
「スイーツ? 昼食にがっつり甘いもの食べるの?」
「食べ放題の店だ。他にパスタもステーキもハンバーグもある。スイーツの種類が豊富なんだ」
「つまり天国ってこと?」
「そうだな。逝ける」
外にあるメニュー表には、パスタが数種類、肉はローストビーフ、デザートは出来立てのワッフルやクレープがあると書かれていた。
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