06 火花の散り合い

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06 火花の散り合い

 和服で登場した春は美しいと何度も声をかけられていて、春は優雅に微笑んでいる。  大広間には続々と人が集まっていた。家元の人と人を繋ぐ力には感心する。  春が腕を掴んできた。 「どうかした?」 「ねえ、あの人って」  春の目線の先にいたのは、相沢秋継だ。家元に挨拶をしている。向こうもこちらに気づいてやってきた。  だが彼が向いたのは凜太ではない。 「愛奈さん、お久しぶりです」 「まあ、秋継さん。お元気でしたか?」 「はい。愛奈さんもお元気そうで何よりです。本日を心待ちにしておりました」  会えた嬉しさ、会えなかった寂しさ、いろんな感情が沸き起こり、最終的には「許さない」という気持ちが勝った。どちらも猫被りな二人の本性をばらしてやりたい。 「初めまして。桜田春と申します」  なぜか春が一歩前に躍り出た。 「あなたが桜田さんですか。存じ上げておりますよ。私は相沢秋継と申します」 「ありがとうございます。とっても嬉しいわ」  猫被り三人目の春だ。とてつもなく禍々しい空間である。 「もうご存じでしょうけれど、こちらは愛奈さんの弟の凜太さんです。私の婚約者ですの」 「………………へえ」  禍々しい空間が猛吹雪状態だ。心なしか雹まで降り、心を突き刺す。  秋継の眉毛がひくりと動き、目元がまったく笑っていない。 「奇遇ですね。私も愛奈さんと仲良くさせて頂いていますので」 「あら、そういう仲でしたか。それは知りませんでしたわ」  家元の一声で、お茶会が始まった。普段の厳粛な雰囲気とは異なり、和やかでありながら笑い声で包まれた。  時折愛奈と一緒にいる秋継と目が合う。何か言いたそうで、責めるような目を向けてくる。 「ちょっと、なんであんなこと言ったのさ」  凜太は春を問いつめた。 「寂しい想いをさせてたんでしょ。これくらい言っても罰は当たらないわ。それにいずればれるでしょうよ。あとで知られて面倒なことになるより、堂々と言うべき」 「……確かにそうかもしれないけど、ずっと僕を睨んでる」 「ふん。本当にほしかったら私から奪えばいいだけ。それとこのお菓子美味しいわ」 「僕の分食べる?」 「もらう」  春のお気に召した主菓子は練り切りで、白あんをゼリーで包んだものだ。暑くなった今の季節にはちょうどいい。 「足りない」 「僕の部屋に来る? プラネタリウムの件もあるし、こっそりチョコ隠してあるし」 「そうしようかしら」  大人たちは談笑していて、こちらに見向きもしない。  凜太たちは自室へ行き、さっそくプラネタリウムの電源を入れた。ついでに隠してあったチョコレートを出す。 「なかなかね」 「良いでしょう? 星たちは踊ってるみたいで、お気に入りなんだ」 「チョコ美味しい」 「あ、そっち?」 「星たちもなかなか楽しそうに見える。踊るっていいわね」 「ゴミはこっちに入れて。後で処分するから」 「こんなことも怒られるの?」 「こっそり食べてるとね、やっぱり家元がうるさいし」  大きなゴミ箱は言わばブラフだ。机の中にビニールを広げて、こちらに見せられないゴミを入れる。 「プラネタリウムだけど、どれがいい?」 「けっこう長めのがいいかも」 「最新のが一番長いかな。しかもスイッチを切り替えるとオーロラが見える。これと二番目に長いのにしようか」  扉が強めに叩かれた。すぐさま机の引き出しを閉め、部屋の電気を明るくする。 「はい、今開けます」  扉の叩き方からして、家政婦でも家元でも母でもない。  先に踏み出そうとする春の手を引き、凜太は取っ手に手をかけた。 「……………………」 「こんにちは」  非常に気まずい。なぜか相沢秋継が目の前にいた。 「ごきげんよう、相沢さん」 「桜田さんもご一緒でしたか」  ばちばちと火花が散る。火の勢いが強すぎて焼け死にそうだ。 「どうしたのですか?」 「いやあ、お手洗いをお借りしようかと思いましたが、広いお屋敷で道に迷ってしまいまして」 「あら、では私がご案内致しましょうか? 凜太さんの家には幼少の頃から何度も来ていますから、慣れておりますの」 「さすがに女性の手をお借りするのは。凜太君に案内を頼みたいのですが、よろしいですか?」 「……構いません」 「では私は先に広間へ戻っていますね。凜太さん、プラネタリウムの件、くれぐれもお願いしますね」 「かしこまりました」  春の足音が遠退いてから、秋継は振り返った。 「全部説明しろ」 「何を?」 「何じゃないだろ。許嫁なんて聞いてない。それにプラネタリウムの件ってなんだ」 「許嫁は僕らが生まれてまもなくの頃に、家元が勝手に向こうの家と決めたんだよ」 「で、それを二人は律儀に守っていると?」 「都合がいいんだ。もし僕が春と結婚しないなんて言ったら、どの道ほかの女性をあてがわれるだけだし。春も同じ立場だよ。だから僕らは忠実に守ってる。そもそも春は僕が男の人が恋愛対象って知ってるし」 「プラネタリウムって?」 「なんか、今日のアキさん怖い。ずっと怒ってる」  久しぶりに会ったのに、と付け足した。  秋継は息を呑むと、ベッドに座る。 「……悪かった。確かにそうだ。久しぶりに会った。おいで」  手招きされ、凜太も横に座った。  後頭部に手を置かれ、いいこいいこと撫で回される。 「それ、飾ってるんだな」 「ミーアキャット? たまに一緒に寝てる」 「……八つ裂きにしてやりたくなった」 「なんでっ。アキさんが買ってくれたのにっ」  頭を撫でる手は止まらない。気持ちが良くて、つい身を委ねてしまう。 「プラネタリウムは、夏の文化祭の出し物で使うんだよ。部屋を借りてミニチュアプラネタリウムを作る予定なんだ」 「俺も行っていいか?」 「来てくれるの? 忙しいんじゃない?」 「一日くらい休みは取れる。プラネタリウム同好会なのか?」 「星空散歩同好会」 「なんでまた星空と散歩の同好会なんだ?」 「あー、うん……そこはまあ、いろいろあるんだよ。来てくれる約束だよ」  小指を差し出した。すると撫でている手ではなく、空いている手で小指を絡めてきた。 「そうだ。チョコあげる。さっき春と一緒に食べてたんだけど、これ本当に美味しいんだ」 「食わせて」  秋継は口を開けて待っている。ひと粒放り込むと、不服そうな表情を見せた。 「普通は口移しだろ?」 「普通はしーまーせーん」 「ほら、してよ」 「仕方ないなあ」  ガラスに映る顔がにやけている。自分の顔ではないみたいで、奇妙だった。  チョコレートを口に入れると、すぐさま唇で塞がれた。すぐに溶ける。抹茶の味がした。
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