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卒業式
小学校、中学校、もっと小さなものも含めれば5回ほど経験している卒業式。別に好きでも嫌いでもなかった。
ただ、高校生という羽衣を剥がれるのは怖くもあった。
大学には行かなかった。
時間が欲しいとも感じたが、それよりも欲しいものがあった。だから働いて稼ぐ必要があると考えた。
学生としての自分は今日死ぬのだろう。
いや殺さなくてはならない。
なら最後くらい戦うのも悪くない。
制服で武装し、卒業式の飄々とした雰囲気でバフをかける。
告白するなら今日しかない。
朝読んだ手紙も自分を後押しした。戦う準備ができた。
式が始まる。感染症の影響で式は淡白なものだった。
合唱もなければ、一人一人が証書を貰いにいくこともない。名前を呼ばれてその場に立つ。それだけだった。
五組である自分たちのクラスが呼ばれる頃には、告白することで頭がいっぱいだった。順番に呼ばれていく。
友人の今川幸成が呼ばれる。大抵は、この時間に友達との思い出を思い出すのだろう。しかし、頭には未来のことしかなかった。
頭で彼女の名前を繰り返しているうちにまた1人、また1人と友達の名前が呼ばれていく。
そしてついに彼女の番が来た。
立ち振る舞いにも品があり、美しい。
未来。美しい名前だ。明るい名前だ。
担任が名前を呼ぶのを楽しんでいるようにも見えた。
俺の頭は短絡的な思考に包まれた。
頭の中で彼女の名前を反芻していた。
「はぁぁい!!!」
彼女の返事が響くことはなかった。
彼女が緊張して声が出なかったわけでもない。
しっかり轟いていた。可愛い声ではなかったが。
の太い声。
どこから出たのかもよくわからない。いやわからないことはない。俺から出たのだから。
俺は彼女の名前に返事をしていたのだ。
体育館の中心の席だったため視線が四方八方から集まる。
まるで映画のワンシーンだ。
呆然と立ち尽くした俺に容赦ない空気が襲いかかる。感染症のせいか?なわけないだろ。
はっとするが、現状に困惑を隠せない。今しかないのか。打ち明ける時か?
動揺していると担任の松浦が次の人を呼び始めた。1人挟んで自分の名前が呼ばれた。
その瞬間、こっちに微笑みをくれながら彼女が立ち上がった。
「○○大輔」
「はい!」
機転の効いた素晴らしい判断だった。
凛とした声で聴いていて心地よい返事だった。
背筋が伸びていて今年で制服を脱ぐのがもったいと心の底から思った。
会場が惹きつけられている気がした。
彼女の気の利いた行動と彼女の魅力で愛する気持ちが高く昇って弾けた。
二つ右隣に立っている彼女に向かって叫んでいた。
「好きだぁあぁぁぁ!!!!!」
主人公がヒロインに向かって愛を叫ぶように。
ネットミームとなった芸人が愛を叫ぶシーンのように。
彼女の困惑した顔がはっきりと映し出されていた。
卒業式中に起こる公開告白に会場もどよめきが伝播していた。
彼女の美しさと春を迎える高揚感に俺の思考が攫われた。
その異様な状況に俺の頭と会場が沸いた。
その5時間後、
春を告げ、未来へ羽ばたくはずの彼女は
制服姿のまま死んだ。
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