ザクロジュースを舞姫に

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「初めてきてくれた時、紙垂のつけ方を教えてくれたでしょ?すごくよく覚えてるなぁって思ったけど、あれは毎年見てたからじゃなく、樹がつけるのを手伝ってくれてたんじゃない?裏庭にザクロの木があるって知ってたのも、おばあちゃんに見せてもらったんでしょ?」  なにかをこらえるように唇をかみしめる樹。けれど、店長はさらに続けた。 「今日、あの窓際のお客様にザクロジュースを出したのも、彼女がザクロジュースを好きだって知ってたから」 「でも…………だからって、舞を習ってたとは限らないじゃないですか。ただ、おばあ様によくしてもらっていただけで────」 「だとしたら、ここへ来る時なにか言うかなって思ったの。でも、なにも言わなかった。それは、言えなかったから。舞を習っていたことを、知られたくなかったから」  震える華奢な樹の体に、罪悪感が沸く。それでも、ここで諦めるわけにはいかなかった。蛍のため、樹のため、いやきっと、自分のためかもしれない。 「樹……蛍と……妹と一緒に二人舞を舞ってくれない?二人なら、きっと許可してもらえるから……」 「……できません」 「樹……」 「だって……私が舞を、終わらせたんです。私が、四年前、かがり火の火にあたったから……」 「え……」  舞姫だったかもとは思っていたが、まさか、事故の時の一人舞の舞姫だったなんて。だったら、 「火傷は……」 「火傷なんてしてません……あの時、衣装にかがり火の火が燃え移りました。でも、すぐ消してくれたから火傷も怪我もしてません。ただ……(みやび)さんが大切にしてきた一人舞の衣装は燃えて……」  祖母の名を口にした時、声はうわずり、かすれていた。 「でもそれは、樹のせいじゃあ……」 「……もしかしたら、わざとかもしれないんです」 「わざと?」 「立ち位置とかがり火の位置、袖や裾の長さ。全部わかってました。燃え移るはずなんてない。なのに……」  うつむいたままの樹。拳の上に流れ落ちる涙が、彼女が抱えていたものだった。 「無理だって、思ってたから。雅さんが倒れて、一人舞を踊ることになって……意識が戻らない雅さんのためにも、舞は中止にしたくなくて。でも自信なんてなかった。だから、だから……」  元々は、この舞から始まった祭。舞を踊る舞姫達は、祭のため一年中練習をする。祭の中で最も負担が大きく、それゆえ希望者は減り、やめてしまう者も多かった。四年前のあの時、舞姫は、祖母と、誰よりも真面目に練習していた舞姫──樹しかいなくなっていた。祖母も、関係者も、樹に期待していた。その重圧に、中学生の彼女は押し潰されてしまった。
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