ザクロジュースを舞姫に

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ザクロジュースを舞姫に

 厨房として使っている台所の片付けを終え、最後にシンクを拭きあげながら、店長は明日のことを考えていた。  明日のだしは仕込んだし、鶏肉も下味に漬け込んだ。そろそろザクロシロップが出来上がるから、ザクロジュースも出せるかもしれない。  厨房を片付けながら明日の段取りを確認するのは、ここ最近の習慣になっていた。その間に客席にしている広間をバイトの戸田(とだ)(いつき)が掃除してくれている。  いつもどおりだった一日。だが、厨房にまで聞こえてきた戸田の困ったようなつぶやきはいつもと違うものだった。 「どうしよう」  なにが?  広間へと移動した店長がそう尋ねる前に、戸田がため息混じりに続ける。 「商店街の方から帰ろうかな」  そう言った戸田の視線は、とっぷりと日の暮れた窓の外へと向けられていた。 「どうしたの?商店街の方から帰ったら、ずいぶん遠回りになるんじゃない?」  二駅向こうから電車で通っている戸田は、店からまっすぐ駅へ向かった方が早い。商店街の方をぐるっとまわると、かなりの遠回りだ。 「そうなんですけど、実は……私、幽霊をみちゃって」 「幽霊を?」  店長の問いに、日頃から感情豊かな戸田の表情は見る間に青ざめる。 「……はい。この先の神社の前を通った時に、見えたんです。神社の境内で動く人影が。最初は、学生が話してるとか、それくらいで気にしてなかったんですけど、毎日で。しかも、一人みたいで。だから、幽霊なんじゃないかって……駅にまっすぐ行くには、神社の前は避けられないし……」  言っていて怖くなったのか、戸田は両手で口許を覆う。その戸田に、店長は申し訳なさそう眉尻を下げる。  まさかこんな形で言うことになるなんて。けれど、ずっと胸の中に抱えていたせいか、このきっかけを待っていたかのうように言葉はするすると出た。 「大丈夫……その人影は、たぶん、幽霊じゃないから」 「え?」 「神社の境内の人影は……私の、妹だと思う」
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