レモンの海に星が光った

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———ぽっちょん。 どこからか、雫の落ちるような音が響く。澄んだ音はまるで、銀の鐘を鳴らしたよう。波紋を呼び、鼓膜を優しく揺らす。 ゆったりと、奏でられるメロディ。だんだん、小夜子にもはっきり聞こえてきた。 ぽったり。……ぽったら…。……ぽったり、ぽったら……。 (霧雨が降ってるんだ。) でも。 一体。 どこで? ———こっちで。 小夜子は瞬きをした。くるりと、背後のガラスの泉の方を振り返る。 そこは最早、さっきまでそうであったような……ただのガラスの死骸を捨てる場所ではなくなっていた。 儚げに朽ちかけた魚の白骨がたくさん、積まれて島のようになっている。まるで色とりどりのガラスの破片のように、透き通った骨たちが泉に沈んでいるのだ。中には錆びた舟の舵のようなものや、溶けた海藻の名残のようなもの、漁師の網なども水の中に透けて見えた。 泉の中にできた、その小さな骨の島のてっぺんに———鴉羽を生やした少女が、座っていた。 美しい、と小夜子は強く思った。 少女は耳から、白い花びらのようなイヤリングを垂らしていた。あれは何の花だろう……と小夜子は思わず考える。きっと、あれは本物の花びらに糸を通してぶら下げているに違いない。 小夜子は、ゆっくりと少女の方へ近づいていった。 近づくにつれて、雨音が静かに増してゆく。でも、実際に降っているわけではないと小夜子にはわかっていた。 どんなに音が響いても、小夜子の髪の毛は濡れない。……けれど、泉の水面を見ると、確かに雨粒に叩かれている印に波紋がいくつも生まれては消えている。……不思議だった。 泉の縁のギリギリまで小夜子が近寄った時、ふいに少女がこちらを振り向いた。 あっと思う間もなく、目が合った。 ———ガラス玉みたいに透き通った、綺麗な目。 この小さな少女の、どこにこんなエネルギーが眠っているのだろう。……そう思うほど、彼女のまつ毛の奥の瞳には、びっくりするくらいに何かの強い力を感じた。 だけれども、きっとこれは『強い』だけの単純な力ではないのだ。『強く』、それでいて『儚い』。まるで今にも壊れてしまいそうに。 だから惹き寄せられる。この奇妙な印象の秘密を解き明かしたくなる。 小夜子はごくりと息を呑んで、ゆっくりと唇を動かした。 「……今晩は。」 「うん。こんばんは。」 静かな声だった。とても落ち着いていて、樹木が育つ年月を知っているような深みがそこにはあった。 少女はチラリとこちらを見やる。瞬きをして、「隣にくる?」と呟くように小夜子へ問いかけた。
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