レモンの海に星が光った

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ミドリくんは、菜食主義者だ。 理由はわからないけれど、少なくとも健康のためではない。千鳥足になるまでお酒を飲んで笑っているし、食べたいと思うなら真夜中でもケーキを買ってくる。ポテトチップスの袋を一度で空にしちゃうことも多かった。 小夜子は、雑多な感じの家庭料理が好きだった。 ジャンルで言えば、特にタイ料理とインド料理がお気に入り。熱くて辛くてお腹があったまるような、血がおいしいって喜んでくれるような。そういう栄養満点のものにいつでも飢えていた。 ……“ああ、駄目かもしれない”。 今思えば。この時点で、もう小夜子の勘は囁いていたのだろう。 ゆっくりと、二人を終わりへ導く影は忍び寄っていた。 だんだん、だんだん、ずれていく。 映画の好みも、合わない。 遠くへ旅行に行こうかと思っても、行きたいところが違う。 なら近場でドライブでも…と提案しようとしたら、そもそもミドリくんは酷い乗り物酔い体質で、自動車移動は厳禁だった。 小夜子が飼っている黒犬、“よもぎ”に引き合わせた時など、散々だった。 ———動物の毛のアレルギー? ———違うよ。 ———じゃあ、どうしたの? ———牙を見るのが……ダメなんだ。もう、アレルギーなみに。 どんなによもぎがふわふわでかわいい忠犬か、懇切丁寧な説得の時間は完全に無駄に終わった。ミドリくんはずっと蒼白な顔をしていたし、よもぎはあまりの退屈に耐えかねたのか、観葉植物のサボテンの植木をひっくり返した。それでもう、小夜子の家にミドリくんが訪れることはなくなってしまった。 だから、薄々勘付いていたのだ。 小夜子を今宵のお祭りに誘った時の、ミドリくんのあの表情。 ああ、これが最後になるかもしれないと、胸の奥底で覚悟はあったはずなのだ。むしろ、辛い役回りを押し付けてしまったという罪悪感すらあるぐらいで。 せめてもの、という思いで声をかけた。
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