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自然に足の向く先は、お祭り会場になっていた。出店がたくさんオレンジの明かりを灯している。炭火焼きの煙や湯気がしゅうしゅう舞い上がって、白いモクモクに夜空が灰色に霞んで見えた。
ワンピースの袖で涙を拭う。
小夜子は、出店のうちの一つにまっすぐ向かっていった。
『冷たいジュース』
看板を見た瞬間に、小夜子の中の何者かが「こっちだぜ。」と言いながら心臓をぐいっと引っ張ったようだった。
レモンジュースが飲みたい、と強く思った。
ほんのり薄い黄色に染まった、柑橘の酸味が効いたジュース。たくさんの氷を入れて、ごくごくと一気飲みしたかった。
小夜子は迷わず出店の簡易テントへずんずん進んでいって、鉢巻をしたおじさんの元へ姿を現した。
「こんにちは。レモンジュースありますか?」
「え、レモネード?」
「はい。」
おじさんは一瞬眉を上げる。すぐににこやかな笑みを浮かべ、ぐいと親指でメニュー表を指した。
「オレンジジュースならあるぞ。あと、グレープフルーツとか。」
「あぁ、じゃあ、レモンは……」
「そうそう。すまんが、レモンはないなあ。」
「すみません。」
「いい、いい。気にすんな。」
真っ白なエプロンをかけたおじさんは、大きな体がとても似合っていた。ひょろりとしてごぼうみたいだったミドリくんとは、対局の位置にいる。
どんな人間でも、堂々としていて、だれかに優しければ、それだけで素晴らしく魅力的になれるんだなぁ。そんなことを小夜子は思った。
そんなぼんやりとした小夜子の思考は、おじさんの更なる親切によって確信じみたものに変化した。
「———あ。そういえば俺、さっき売ってる奴を見たぞ。」
「え?」
驚いて顔を上げると、おじさんは白くツルツルした顎に手を当てて何事か考え込んでいた。
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