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「向こうの……ほら、名前は知らんが、最近紅く塗り直してた橋があるだろ?そこを渡った反対側のところに。なんか魚のお面被って、手押し車式のミニミニ屋台から、くらげっぽい風鈴ちゃらちゃらしてたやつがいたな。あいつ、レモネードの瓶を積んでたぞ。」
「あ……あの、ありがとうございます。」
「おう。楽しいお祭りをな。」
さようなら、と軽く頭を下げて、小夜子は駆け出した。
親切なおじさんが、背後で大きな手を振っていた。
———橋を渡った反対側のところに……
———魚のお面被って……
———ミニミニ屋台から、くらげっぽい風鈴ちゃらちゃら……
ジュース屋台のおじさんの言葉を、何度か頭の中で反芻する。初めは小走り。だんだん疲れてきたので、小夜子は次第に普通に歩き出す。考える余裕が生まれるにつれ、口の中に唾が湧いてくるのがわかった。
レモンジュースを飲みたい。
きっと、とてもおいしいだろう。
花火は終わっていた。
観覧席だった河原の草地から人がはけて、屋台の方へと流れてゆく。人波に逆行するように、小夜子は歩いた。
青々と伸びたクローバーの絨毯を踏んでゆく。夜の香りと草の匂いが混ざって、独特の気配がゆらゆら立ち昇っている。
小夜子は、ついに紅い橋に辿り着いた。
随分と祭りの中心地から離れてしまった。群衆でごった返して歩きにくかったあそことは違い、ここは人気もまばらで、すいすいと歩くことができる。
ポツリ、ポツリと、狐面やヨーヨーをぶら下げた子供や、綿菓子を舐めるカップルなんかが通り過ぎてゆく。親子で大小のりんご飴を食べて歩いているのに出会った時は、絵柄の美しさに思わず見とれてしまった。
すうっと爽やかな香り。
見れば、向こうに小さな人影がある。
———看板もないのに、なんてわかりやすい。
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