レモンの海に星が光った

8/114
前へ
/114ページ
次へ
明らかにレモンジュースを売っている。さっきのおじさんに伝えられた特徴……魚のお面とくらげっぽい風鈴がついた手押し車屋台……それを確認する前から、確信が生まれた。 これは勘違いのしようがない。 だって、こんなにも遠くから、はっきりと。紛れもない鮮烈なレモンの香りが放たれている。 小夜子は嬉しくなって、唇を三日月の形に持ち上げながら歩き出した。 影は、近づくにつれてはっきりと見えるようになってきた。 きっと若い青年だろう、と小夜子は当たりをつけた。 小夜子と身長は同じくらいで、黒いマントを着ている。魚のお面……これは本当に魚としか言えないようなお面で、青みがかったスベスベの木製のものだった……それが怪しげな雰囲気を醸し出しているのだが、同時に若い者特有の美しさを纏っている。 そして。手押し車には確かに、レモン色の液体の入った瓶と、空っぽのグラスが積まれていた。 「……あの、こんにちは。」 「今晩は。」 マントの青年は、思ったよりも柔らかい声を持っていた。優しげな海が、宇宙を映して恥ずかしがっているような、そんな声。 小夜子は少し驚いたような気分だったが、なんだか安心した。 勇気を出して、彼の屋台に積まれた瓶を指さす。 「レモンジュース、売ってくださいますか?」 「ええ。もちろんです。」 「お代は?」 「一杯で、110円。」 小夜子はお財布を取り出して、110円分の硬貨を数えた。それを差し出すと、青年は黙ってすっと受け取った。白くて華奢な、綺麗な手だった。 「まいどありがとうございます。」
/114ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加