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明らかにレモンジュースを売っている。さっきのおじさんに伝えられた特徴……魚のお面とくらげっぽい風鈴がついた手押し車屋台……それを確認する前から、確信が生まれた。
これは勘違いのしようがない。
だって、こんなにも遠くから、はっきりと。紛れもない鮮烈なレモンの香りが放たれている。
小夜子は嬉しくなって、唇を三日月の形に持ち上げながら歩き出した。
影は、近づくにつれてはっきりと見えるようになってきた。
きっと若い青年だろう、と小夜子は当たりをつけた。
小夜子と身長は同じくらいで、黒いマントを着ている。魚のお面……これは本当に魚としか言えないようなお面で、青みがかったスベスベの木製のものだった……それが怪しげな雰囲気を醸し出しているのだが、同時に若い者特有の美しさを纏っている。
そして。手押し車には確かに、レモン色の液体の入った瓶と、空っぽのグラスが積まれていた。
「……あの、こんにちは。」
「今晩は。」
マントの青年は、思ったよりも柔らかい声を持っていた。優しげな海が、宇宙を映して恥ずかしがっているような、そんな声。
小夜子は少し驚いたような気分だったが、なんだか安心した。
勇気を出して、彼の屋台に積まれた瓶を指さす。
「レモンジュース、売ってくださいますか?」
「ええ。もちろんです。」
「お代は?」
「一杯で、110円。」
小夜子はお財布を取り出して、110円分の硬貨を数えた。それを差し出すと、青年は黙ってすっと受け取った。白くて華奢な、綺麗な手だった。
「まいどありがとうございます。」
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