第1章【1】

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 二時間が経過した頃にはみんな気持ちよく酔いが回って来たらしく、座敷の席で横になって寝始める奴までいた。  翔平も例外ではなく、初めこそは俺に気を使って隣にいてくれていたけど、どんどんアルコールが回ってくると、景を引き連れいろんな席に移動して、数十分前に店の外に出て以来、なかなか帰ってこなかった。  結局、景は俺と挨拶程度だけして、ほとんど俺の前にはいなかった。  いたとしても何話せばいいかなんて分からないから、別にそれで良かったんだけど。  そろそろ、帰ろうかな。  そう思ってふと出入り口の方を向くと、丁度よく引き戸が開いて、景がグラスを持って中へと入ってくるのが見えた。  翔平や連れの姿はなく、一人で。  そのまま、俺の方へと近づいて来る。  俺はドキッとして、身体を強張らせてしまった。 「……はぁ」  景は一息ついてから、自然な感じで俺の左隣りに座った。  彼の身体は近くで見ると、細くはあるけれど鍛えているんだろうな、と分かった。  シャツから出る二の腕の締まり方とか、投げ出された長い脚とか。  雑誌のモデルみたいな事もやってた気がするから、体型維持するの大変なんだろうな。そんな事を思いながら、ぼんやりと見ていた。 「ようやく、あいつから逃げられたよ……」  景は独り言のように呟いたけど、しばらくしてから自分に話しかけられているんだと分かった。   (あいつ? あ、翔平か) 「……連れ回してましたもんね」 「酔ってくるとますますどうでもいい話し始めるから、いつも大変で。修介と飲んでる時もそうなの?」  まるで今までそう呼んでたかのように自然と言われたけど、初めて名前を呼ばれた。しかも呼び捨て。でも悪い気は全然しなかった。覚えていてくれた事に、少しだけ嬉しくなった。 「……あっ、そうですね。始まったなぁと思って、いつも、適当に流してて……」 「やっぱり? ウザいよね、あいつ」  でもまぁ、飽きないよね、と残り少なくなったビールのグラスを持ち、飲みながら笑っていた。  なんだかホッとした。  正直、芸能人ってテレビではいい顔するけど、普段はむすっとして冷たくて、勝手に怖いイメージを抱いていた。でもこうやって話してみると、意外とフレンドリーだし、表情も柔らかい。  自分からも、何か話しかけてみようかなと思った。
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