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 景と予定があったのは、電話から二週間後の事だった。  俺は電車に揺られて都内の方へと向かった。  景は先に店に入ってくれているらしい。  飲み屋で話した時に、景がよく行くお店に行ってみたいと言ったのを覚えていてくれたのか、その店を予約してくれていた。  そこは懐石料理中心の和食のお店だ。  エレベーターに乗り込み、二階で扉が開くと、大きな梅の木が目に飛び込んできた。  自分がバイトしている居酒屋の雰囲気とはまるで正反対で、店員さんも店内も清潔感があって、小綺麗だが落ち着ける雰囲気だ。  こんな場所、景に誘われなかったら一生来なかったかもしれない。  (こんな洒落たお店で食べるんか?なんや緊張すんなぁ……)  店員さんに促されて靴を脱ぎ、その後について行くと、角を曲がって一番奥の部屋の前で立ち止まった。 「何かございましたらお申し付け下さいませ」 「あっ、はい、ありがとうございますっ」  店員さんになんだか申し訳なくて、俺も何度も頭を下げる。  まるで面接に来たみたいに、心臓がドキドキしていた。  俺は意を決して襖をゆっくりと横に引いた。 「あ、久しぶり。迷わなかった?」  そこには、約二カ月半ぶりに見る景がいた。  景はテーブルに肘をついて、右手でひらひらと手を振って、タバコを吸っていた。  出会った夏の頃とはまた雰囲気が変わって、髪も耳の下あたりまで伸びて、柔らかそうな黒の革ジャンを羽織っている。  案内された部屋は、90度の角度で向かい合える掘りごたつの個室になっていた。  この座り方は、相手と親密になりたいという気持ちの表れだと聞いたことがある。  まさか偶然だろうなと思いながら、彼の斜め前に腰を下ろした。 「ううん、大丈夫だったよ! ごめん、待った?」 「いや、僕も今来たところだから」  景は吸っていたタバコを灰皿に押し付けた。  灰皿の中を見ると、すでに一本吸い殻があったから、多分待っていたんだろう。  気を遣ってくれて、なんだか好感度が上がる。  (あぁ、この前は横並びやったから、照れてあんまり顔見れへんかったけど、今日はその顔をバッチリ拝めてしまう……かっこええなぁ)  メニュー表を見ると、たまに翔平と飲みに行く飲み屋の値段とあまり変わらなかったから、ホッとした。  とりあえずお酒と、景のオススメの料理を何品か注文した。 「ここのお店、気に入ってるんだ。料理も美味しいし、雰囲気ももちろんだけど、店長もいい人で理解あるから、周りにバレないように僕を裏口から入れてくれるし」 「そっか、芸能人って大変なんだね」 「まぁ、それでもバレちゃう事もあるから、その時はダッシュで逃げるけど」 「ハハ、そうなんだ」  お酒が来て、お疲れーと言って一口飲んだ。  途端に二人の空間に沈黙が流れる。  俺は早速、ずっと気になっていた事を切り出した。 「あの……なんで俺に連絡して来たの?」  景はキョトンとした顔をして、グラスを一旦テーブルに置いた。 「なんでって……嫌だった?」 「ううん! そういう意味じゃなくて、連絡先聞いてくれたのも、絶対社交辞令だと思ってたから、なんていうか、ビックリして……」 「言ったじゃん。また会いたいなって」  全く恥じらいもせずに、微笑んで言う景を見て、翔平の言葉を思い出した。  真面目で、誠実……。  景はグラスを傾けて、中の氷をぶつけて音を鳴らす。 「初めて僕を見る人はさ、大抵は大騒ぎして、握手とか、写真一緒に撮ってとか言われて、もちろんそういうの凄く嬉しいんだけど、あんまり行き過ぎてると疲れるっていうか……」 「あぁ、翔平も言ってた。写真を勝手にSNSにあげられたりしたって」 「それだけだったらまだいいけど。表面上では仲良い友達だと思ってた奴が、裏では僕の悪口散々言ってたり、大ファンなんですなんて近づいておきながら、実際見たら別に大した事無かったとかネットに書いてたりね」 「ええっ、酷いね……」 「なんだか疑心暗鬼になっちゃって。子供みたいだけど、友達作るのが怖くて。でも、修介みたいに落ち着いて話せた人久しぶりで。僕を特別扱いしてないみたいで、嬉しかったから」  景のその笑い方は好きだ。  目が細まって、うっすら片えくぼを寄せた笑顔を見せられると、やっぱりドキッしてしまう。  (落ち着いて話せたっていうか、ただ単に俺が緊張してうまく話せなかっただけやないんやろうか?) 「それにさ……」 「ん?」  景はなぜかクスクスと笑って、俺の頭に手を伸ばしてきた。
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