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景に言われた通り、わざとらし過ぎるくらいに体調の悪い振りをしながら翔平に電話をした。
午前中に会った時にはピンピンしてたから、相当怪しまれたけどなんとか乗り切った。
大学の門を出るまで半信半疑だったけど、景は本当に来ていた。
出てすぐ向かいの道の端に路駐していると言われたので見渡すと、そんな車は一台しか無かったからすぐに分かった。
車はやっぱり黒のロードスターか? と思ってたけど、よく街中で見る極普通の乗用車だった。
景は俺の姿に気付いて、小さく手を振って窓を開けた。
「どうぞ。乗って」
「うん、ありがと!」
景はサングラスを掛けていたけど、その奥にある大きな瞳がうっすらと見えて、やっぱりドキッとした。
今朝のアホな夢を彷彿とさせた。
大きくて少し焦げ茶がかったようなその瞳を、俺に向けてくれている。
(あぁー、やっぱり生で見ると格好良さ倍増や……)
景に促されて反対側に回り、助手席に乗り込んだ。
「翔平、大丈夫だった?」
「いや、めっちゃ疑ってたで? でも景の言う通りに演技してなんとか納得してもらったんよ。もう、めっちゃ恥ずかしかったで!」
大根すぎる自分の演技に笑ってしまいそうだったけどなんとか堪えた。
俺には俳優になれる素質はないなと改めて思った。
「あはは。そっか、ありがとう。だって、あんな理由でバイト代わってあげるなんて修介もお人好し過ぎるよ」
「いやー、翔平に頭下げられてしもうたし……」
景に会えたのは翔平のお陰だから代わってあげた、なんて恥ずかしいから言わない。
ふと車内を見渡すと、ホコリ一つ落ちていないしピカピカだから新車かと思ったけど、もうすぐ二年経つと聞いて驚いた。
忙しくしてるのに、こうやって掃除が行き届いているのを見ると、景はきっと綺麗好きなんだろうなと予想がついた。
「いつも自分で運転して仕事場とか行っとるん?」
「いや、いつもならマネージャーが車出してくれるけど、今日は知ってる場所だったから自分からお願いして。たまには運転しないと訛っちゃうしね」
「そっか。でも大丈夫なん? こんな明るいうちから映画なんか観に行って、周りにバレたりしない?」
「大丈夫だよ。これから行くところ、中学の頃よく行ってて。辺鄙な場所にあるからそんなに人も多くないし。ちょっと時間ズラして入ればバレないよ。ちゃんと変装もしていくし」
バレてもどうにかなるよ、と笑って俺の家がある方とは反対方向に車を走らせた。
中学の頃景が行っていた映画館に俺を連れて行ってくれるんだ... と感動してしまうのと同時に、運転している景がなんだか新鮮で嬉しくて、驚きに近いほどの喜びが沸き上がった。
しばらく無言で運転していた景だけど、俺の膝の上に乗せている透明なキャリングケースをチラリと見て、また視線を前に移した。
「大学、楽しい?」
景の微笑む横顔を見ると、鼻が高くすっと伸びていて形が良いのが一目瞭然だった。
「うん、めっちゃ楽しいで。俺あんま頭良くないから、授業についていけなかったりする事もあんねんけど……こんな俺に勉強教えてくれたり、一緒に笑ってくれる友達も出来て、この大学来て良かったなぁと思う!」
「そうなんだ。修介は偉いね。ちゃんと自分の力でここまで来たんだから。友達もそんな修介が好きなんだろうね」
自分の力で、って、俺は何もしていないけれど、景に褒められた! って少し舞い上がった。
「友達とは普段から遊んだりするの?」
「うん。カラオケ行ったり、飲んだり。この間家に泊まりに来たんやけど、飲み過ぎて朝起きれんくて、みんなで一限サボったんよ」
「なんだかいいね、そういうの。青春って感じで憧れる」
「景も今度来ればええやん! みんな景に会いたい言うてたで?……あ」
なんとなくノリで言ってしまったけど、景は友達を作るのが怖いって言っていたし、勝手にいろんな友達呼んで会わせたりするのはいい気分じゃ無いんだったと思い出して、慌てて言い直した。
「ううん、何でもない……」
俺は視線を外して下を向いた。
景はそんな俺を横目で見た後、俺の考えてる事を感じ取ったのか、間を空けてからフフッと笑った。
「会ってみたいよ。修介の友達なら」
──世の中の人は、藤澤 景の事をどれだけ理解しているだろうか。
きっとその容姿から、物事に動じず沈着冷静で怖そうって思っているんだろう。
景に会って話す前までそういう気持ちを抱いていた俺のように。
みんなに教えてあげたい。声を大にして。
藤澤 景はこんなにも優しく笑って、稲穂のように柔らかい心の持ち主なのだと。
「……じゃあ、今度な」
「うん。楽しみにしてる」
俺は窓の外の景色を目で追った。
道路脇に埋まるイチョウ並木の黄葉が綺麗だった。
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