残酷な「ざまぁ」

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残酷な「ざまぁ」

 寝台の上で上半身を起こした状態で、集まっている人たちに戻ってきた記憶の断片を話した。具体的には、あの日公爵家の子ども部屋であったことを。とはいえ、お母様とミレーヌのお母様が宰相にどのような目にあわされたか、ということぐらいだけど。  口から淀みなく出ていく言葉を、自分の耳はまるで他人のことを他人が語っているかのようにきいている。  自分たちの話なのに、第三者的に話している。  シルヴェストル侯爵家のわたしの部屋にいる人たちは、黙ってわたしの話をきいてくれた。  寝台の上に腰をかけてわたしの肩を抱いている侯爵が、ときおり腕に力をこめていたわり、気遣う言葉をかけてくれる。  その彼の声とわたしの話し声以外の音はいっさいない。  訂正。扉の近くにひっそりと立っているサンドリーヌが、鼻をすすり上げる音もしている。  思い出したかぎりのことを話し終えると、お父様も寝台の上侯爵とは反対側に腰をかけてわたしを抱いてくれた。 「おまえには思い出してほしくなかった。あいつから守る為でもあったが、なにも思い出さず知らないままで侯爵とふたりしあわせに暮らして欲しかった。あいつに復讐するのは、わたしだけで充分だから」  お父様は、わたしの耳にそうささやいた。  だけど、それはそれでぜったいにお父様を恨んだと思う。  正直、わたしだって宰相の悲惨な末路を見たかったから。 『頼む。なあ、タク。助けてくれ。おれは、おまえの実の兄だぞ? そうだ。なんだってやる。金貨だって地位や名誉だってなんでもやる。マヤ、おまえもだ。おれは、おまえの実の父親だ。娘のおまえが助けずどうする? だから、なぁ助けてくれ』  死の間際、宰相は息も絶え絶えそのように懇願した。  それこそ、床を這いつくばるようにして。  が、わたしはなにも答えなかった。  というよりか、反応を示さなかった。  冷ややかな目で、彼をただ見下ろしていただけだった。  それはお父様も同様だった。  ふたりの四つの黒い瞳は、哀れに死にゆく者を静かにみつめていた。  その無言が、宰相にたいする「ざまぁ」。死の宣告をつきつけたわけである。  そうして、宰相は死んだ。  ぺルグラン帝国の皇帝であり、わたしの伯父にあたる復讐者によって殴り殺された。  宰相は、表向きは病死となった。じつは、この一連のことは王家も知っているらしい。暗黙の了解で、宰相の死を、というよりか暗殺を容認している。  プランタード公爵家は、本来なら息子であるヴァレールが継ぐことになる。が、彼はあきらかにムリ。血縁で継げそうな者を捜しているらしいが、実質は爵位剥奪も視野に入れて動いているらしい。 「マヤ、大丈夫かい?」  侯爵がもう何度目かに尋ねてきた。 「このさきのことだが、やはり侯爵領に行こう。そして、しばらくはゆっくりすごそう。侯爵領は、食べ物がなんでも美味いからね」 「はい? それは、お断りします」  一瞬、「食べ物」という一語につられそうになった。が、すぐにそれを頭から追い払った。 「侯爵領にはお邪魔しますが、お父様と馬や家畜たちを相手にまったりするつもりです。予定通りにです。侯爵閣下は、ではなくてマックは、王都に残って愛するレディとふたりしあわせな結婚生活を送ればいいのです」  そう。わたしは、おおいなる勘違いをしていた。  侯爵の愛するレディは、てっきりミレーヌだと思っていた。しかし、記憶を取り戻したいま、ミレーヌは侯爵の愛するレディとは違うことがわかっている。 『義理の妹なのです』  ついこの前侯爵がわたしにミレーヌを紹介した際、彼はほんとうのことを言っていたのだ。 「まったくもうっ、きみは子どものときからほんとうに頑固で融通がきかなかった。それから、鈍感だし機微に疎すぎだし一直線すぎだ。どうしてわかってくれないのだ? 子どものときからだぞ? いまだってずっとアピールしているのに、ちっとも気がつかないじゃないか。まったく気がつかないばかりか、見当違いなことばかり言って」  突然、侯爵がキレた。しかも、わたしに子どもの頃まで遡っていわれなき誹謗中傷を叩きつけてきた。
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