親友サンドリーヌ

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親友サンドリーヌ

「会えなくなるですって?」 「ブラック・ローズ」の言葉、というか気持ちにハッとわれに返った。 「たしかにそうだけど……。やはり、あなたを連れて行ってはいけないわよね?」  苦笑するしかない。  彼は、そうとう高い。その彼を「ください」、なんて言えるわけがない。  わたしだってこの名馬と別れたくない。  伴侶のごとく、一生添い遂げたい。  だけど、お父様をひとりにするわけにもいかない。  というか、まずは離縁して欲しい。  すべてはそれからである。   「お嬢様ーっ、旦那様がお見えですよ」  侯爵家にいる馭者のピエール・タルビューと「ブラック・ローズ」を含めた侯爵家すべての馬を馬房に入れ、飼い葉を与えて一息ついているところに、メイドのサンドリーヌ・クレマンがやって来た。  彼女は、もともとソニエール男爵家のメイドだった。メイド、というよりかはわたしの親友といってもいい。  男爵家の経済状態が逼迫してからも、彼女は小鳥の涙ほどの給金でがんばってくれていた。これ以上は彼女には悪いということで、近所の伯爵家に移ってもらったのである。  わたしが侯爵の妻になるということを知った彼女は、わざわざお祝いに駆けつけてくれた。  その際、わたしは彼女にほんとうのことを伝えた。  侯爵との婚儀は契約で、わたしはあくまでも彼の契約妻であるということを。  彼女は、わたしの姉的存在。彼女とは三歳しか違わないけれど、彼女自身が子どものときからわたしの面倒を見てくれた。  その彼女には、ほんとうのことを告げたかったのだ。  結局、侯爵が彼女を伯爵家から引き取ってくれた。  またいっしょに暮らせる。  もともと孤児だった彼女は、わが家でも伯爵家でも住み込みのメイドとして働いていた。  彼女といっしょにすごせるようになってから、彼女が伯爵家に移ってからそこで壮絶な嫌がらせや虐めを受けていたことを知った。しかも、本人の口からではなく侯爵がそっと教えてくれた。  そのときだけは、侯爵に感謝した。こちらからなにも言っていないのに、彼女を引き取ってくれたのだから。  もしかすると、侯爵が調べさせるかなにかして、彼女がひどい虐めにあっていることを知り、引き取ってくれたのかもしれない。  が、わたしはそのことについて侯爵と話をしたことがない。尋ねることもしなかった。  サンドリーヌもそういうことは思い出したくないだろうから。 「おいおい、サンドリーヌ。わたしはもう旦那様ではないぞ。旦那様は、侯爵ではないか」  サンドリーヌに注意するお父様の声がきこえてきた。  お父様は、白いシャツに黒いズボン姿。  すでに陽は暮れ、厩舎に灯りが灯っている。  そのお父様のシャツとズボンは、ヨレヨレしわしわであることが淡い灯火の中でもよくわかる。 「旦那様は旦那様です。わたしにとっては、旦那様はいつまでたっても旦那様ですし、お嬢様はいつまでたってもお嬢様なのです」  サンドリーヌの赤い髪は、灯りを吸収してよりいっそう赤く輝いている。彼女が一歩を踏み出すごとに、赤いおさげがピョンピョン飛び跳ねる。 「お父様、サンドリーヌ」  厩舎の外に出ると、二人が駆けよってきた。 「お父様、お元気そうですね。なにか急用でしょうか?」 「やぁ、マヤ。侯爵からきいていないのかい? 今夜、夕食をともにと誘われたのだ」 「侯爵に?」 (どういうこと? なにもきいていないわ。もしかして、わが家への援助を打ち切るとか? これ以上、わが家を助けることが出来ないとか?)  わたしがあまりにも「離縁、離縁」とせっついたから、気分を害したのかしら?  だけど契約期間が終ったから、主張する権利はあるはずよ。  お父様が厩舎に入り、ピエールといっしょに馬房をひとつひとつまわり始めた。    ピエールは、なぜかお父様とわたしに心酔してくれている。馭者としてはまだ駆け出しの彼は、気さくでとてもやさしい。だから、侯爵家の馬たちも彼のことが大好きである。  それはともかく、二人を見ながらいろいろ想像してしまった。  その内容は悪いことばかりだし、そもそも悪い予感しかしない。
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