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師走
「時に、田中……じゃなかった千家君は、年末年始は実家に帰るのかな?」
「えっなんですか急に」
まさか、追加の仕事を頼まれるのか。
時刻は18時過ぎ。12月の空は暗くなるのが早く、もう外は真っ暗だ。
僕は明日からの休みを死守するべく、たまった仕事を慌てて片付けていた。
一方、部長は「新年会の挨拶考えなきゃ」とぶつぶつ言っていたところだ。
「いやぁ僕はね、大晦日から三が日まで嫁の実家なんだよ。地元に帰りたいんだけども正月は航空券が高いだろう。結婚したての頃に、妻にそうしたいと言われてOKしたのが運の尽きさ」
どうやら愚痴を言いたいだけらしい。この忙しい時に。
演歌を歌わせれば一級品のバリトンの声をぜひ社の皆にも共有したい、と半ばやけになりながら思ったが、僕らの他には誰もいなかった。
皆定時で上がってたのだ。くそう。
「そうすると実家には帰らないんですか」
僕は諦めて、部長の話にのった。
「桜の時期には帰るよ」
「それはそれでいいですね」と明るく言ったが、
「だけどねぇ、やっぱり気が抜けないんだよねぇ、嫁の実家」と返された。ダメだ、完全に愚痴延長モードだ。
さらに帰りが遅くなるぞと覚悟したけれど。
「千家君も婿入りしたわけだし、実家の付き合いもあるだろう」
来た! 僕のターン。
「そうなんですよ! それこそ明日からの休みは妻の実家に呼ばれてるんです。家業を手伝わなくちゃいけなくて。三が日も忙しくて」
「家業? お嫁さんの実家は自営業をやっているのかね?」
よくぞ聞いてくれました、と内心つぶやく。
「妻の実家は、神社なんです。
明日は大掃除に行くんですよ」
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