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いつの間にか森は消え、どこまでも真っ白な空間の中、龍が浮かんでいる。
ぱっと見は、巨大な蛇。だがこちらを見据えた顔には太い角があり、ふよふよと動く髭があり、硬そうな鱗と毛の中に、大きく鋭い黄金の目があった。背びれと鱗がずっと向こうまで続いている。長さは電車四両分くらいだろうか。
ゆったりと浮かぶ様は、綺麗で、後光が差しているようだ。こういうのを「神々しい」と言うのだろう。
龍の顔が、ニヤリと笑う。奥までぞろりと並んだ牙が見えた。
「朝日、どうしたあの中年男は。一緒じゃないのかい」
しゃべった、と内心びっくりした。龍の声はよく響いた。くだけた話し方は時代劇を連想させる。確か、べらんめぇ口調と言ったかしら。
「――父は去年でお世話役を私に引き継ぎました」
「ハッ、去年かい。よかったねぇ、また俺の世話をする前で」
なんだろう、この神様、すごく人間味があるというか……ちょっと卑屈っぽい?
なんて思っていたら。
「あんたも不運だねぇ、若いの」
龍が急に僕を見て言うものだから、体がビクッ! としてしまった。あわあわとうろたえる僕に「もう話していいよ」と朝日さんが言う。
「いえ、あ、あの今年朝日さんと結婚させていただきまして、よくわかっていないのですが十二支の神様ということで、心を込めてお手入れ、じゃなかったお清めいたしますので、なにとぞ、よ、よろしくお願い申し上げます」
「かわいそうに、戸惑っているじゃあないか」
カッカッカッ、と辰の神は笑った。
「では、よろしくお願いいたします。私がお顔から、夫が尾の方から始めますので」
少し緊張が混じりの声で朝日さんは言う。
「いいや、朝日。分担は逆にしてもらおうか。
新顔の男ともっと話したくなった」
「えっ」
「……かしこまりました」
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