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お清めと神様の愚痴
木の桶から手ぬぐいを取り出す。
「心を込めてご神体を拭き上げて。お神酒は最後にお供えするから」と朝日さんは言って、尾の方にスタスタ行ってしまった。けれど、この真っ白な空間には水道すら見当たらない。
「ほれ、そこを見な」
辰の神が言う。手桶を見ると、いつの間にかお湯がなみなみ入って、湯気が立っている。
「神力で温泉を引っ張って来たのさ」
ふわりと、あたりに硫黄の匂いが漂う。
「いいにおい……」
「今年は草津の湯だよ。さ、それで体を拭いとくれ。
時間はたっぷりあるからね。外とここじゃ時間の流れが違うんだ」
「はい」
僕は手ぬぐいをひたし、絞り、龍の体を拭いていく。一拭きするごとにたてがみはつややかになり、鱗が光を放つ。
「ああ、気持ちいいねぇ」
大きい体を拭き上げるのは重労働だ。だけど、嬉しそうな声を聞いてつい、言ってしまった。
「こんなにお綺麗になるなら引継ぎ式、楽しみですね」
「……楽しみ?」
ギロリと目をむき、龍は僕をにらむ。
「え、あの……」
「あああ、やなこと思い出しちまったよ。前回の引継ぎ式」
「な、なにかあったんですか」
ついつい声が震えてしまう。それというのも、龍の目つきが一段と鋭くなったからだ。
「あたしの役が、まぁたタツノオトシゴだったんだよ!
「タツノオトシゴ」
「冗談じゃないよ、あんなちっぽけなやつ。あたしの体の百分の一にも満たないのにさぁ。
式を見守ってた時、卯の神が笑うのが憎たらしくてしょうがなかったわ。『いつもと大きさが逆転だねぇ、辰さん』なんてふざけた口調でさ。
ああ、今思い出しても腹が立つ」
そういえば、十二支の中で辰だけが実在の動物ではないのだった。
神様の愚痴はまだ続く。
「ある動物園じゃ、園だよりに『辰はいないから、同じように伝説を持つ動物を』ってんで、バクを紹介してたんだ」
「バク?」
「夢を食べるってあれさ。伝説持ってる動物なんざ他にもいるのに、よりにもよってあのバクだよ。無理やりにもほどがあるよ。見た目もパッとしなくてさ、あたしとは大違いさね」
よほど腹に据えかねたらしい。頭から湯気が出ている。
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