馴れ初め

1/1
前へ
/12ページ
次へ

馴れ初め

「ところで朝日とはどうやって知り合ったんだい」  僕は朝日さんに目をやる。彼女は遠くで、龍の体を拭いている。 「春に、友達の紹介で知り合ったんです。僕はこの通り大人しくて頼りない男なんですが、朝日さんはすごくしっかりしてて、明るくて、僕を引っ張ってくれて……こんな人と一緒になれたらな、って思ってました。  結婚できて本当に幸せです」 「その割に、さっきはあたしを見て驚いていたが、儀式のことは聞いてなかったのかい」 「実家で大掃除をする、としか」  昨日からの流れを思い出し、ため息が出てしまう。 「おおかた言い出せなかったんだろうね。普通の人間には馴染みがないものだから。  あの子はしっかりしているけど、悩みを一人で抱え込むからね。  小さい頃から、ずうっと変わらない」 「え、でも会うのは十二年に一度なんじゃ」 「他の干支神が教えてくれるのさ。またあの子が大きくなったよ、学校を卒業したよ、都会で働き始めたよ……ってね」 「そうですか……」  親戚みたいだな、と思った。僕は義両親より、いや実のところはあのタクシーの運転手より、朝日さんのことを知らないのかもしれない。   「手が止まってるよ」 「あ……すみません」  僕はまた温泉に手ぬぐいをつっこんだ。  (しぼ)ると、ほんわりと湯気が白い空間にあがっていく。 「僕、頼りないから、こんな大役、事前に聞かされたら逃げ出すと思われてたんじゃないですかね。 ――信用、ないのかな」 「ふん、この神社の式で誓ったんじゃないのかい。助け合い励まし合いながら夫婦として頑張っていきます、って」 「誓いましたけど……」  龍は息を吐き、「ああもうまどろっこしいねぇ」と口の端でつぶやいた。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

22人が本棚に入れています
本棚に追加