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不登校の孫
「あら、隆行さんじゃない、お久しぶり~」
「ごぶさたしてます係長」
稔の妻に会釈する。
「やだぁ係長なんて! 今はただのおねえさんなんだからぁ」
ははは、と俺は渇いた笑みを返す。昔経理事務していた稔の妻に妙な迫力がある。体格も良い。ここで「いや、ばあさんだろ」と言い返すとえらい目に遭うので誤魔化すしかない。
「今ねぇ、パウンドケーキ焼いたの。食べてって」
「ありがとうございます」
客間に通され、パウンドケーキとお茶が出される。
「さっきの話、詳しく聞かせろよ」
稔はうながしてきた。
「やけに親身になってくれるんだな」
「お前はためこみやすいタイプだからな。聞いたところ佳代さんもサツキちゃんの味方のようだし、愚痴を言う場もないだろ」
「……ありがとう」
じじいになると涙もろくなる。俺はパウンドケーキを切るのに集中するフリをした。
「サツキは夏休み中になにかあったらしい。夏休み明けに学校に行きたくない、と言い出した。
何があったか言おうとしない。娘は『理由を言わないなら学校に行きなさい』と強気で、あれこれ手を尽くしたが、結局サツキと衝突して……」
「サツキちゃんのお父さんはなんて言ってる」
「婿は、佳代と同じで『無理に行かせなくても』と言っている。
そのうち娘と婿が喧嘩するようになり、サツキはますます居心地が悪くなって、それで環境を変えようとうちに来たわけだが……」
「お前も娘さんと同じように『学校に行け』と言ってしまったってわけか」
「……」
俺はうつむく。最初のうちは、ゆっくりすればいいと思った。だが家にいると、離れのサツキが気になる。外に出れば、同じ年頃の子がきちんと学校に行っている。そして秋は終わり冬になり……つい、「そろそろ学校に行ったらどうだ」と言ってしまった。
サツキは困った顔をした。
「まだ、勇気が出なくて」
「なんならこっちに転校すればいい。前の学校で何があったか知らないが、エブリスタウンの学校の子は何も知らないんだ。気楽じゃないか」
「……じいちゃんにはわからないよ」
カチンときた。
「なんだわからないって。
お前が不登校の理由を言わないからだろ!」
言った瞬間、しまった、と思った。みるみるうちにサツキの目に涙がたまり、身をひるがえし、逃げるように離れに閉じこもってしまった。
それから、ずっと避けられている。
家に居づらくて、病院ついでに廃工場に寄るようになった。仕事のことを思い出していれば、家のことを考えなくてすむから。
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