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警備の仕事
「警備員?」
「再来週、あの廃工場でイベントをしたいと息子から頼まれててな」
「イベント?」
「あそこを使ってサバゲ―をやりたいんだとさ。」
「鯖?」
「サバゲーだよ。サバイバルゲーム」
「はぁ……」
俺の頭に、鯖を持つ稔の息子が浮かんだ。眼鏡をかけた真面目な青年。確か役所勤めをしていたはずだ。
頭の中で、ワイシャツ姿の息子が鯖の口をこちらに向け、鯖の口から弾が発射される。俺は首をひねった。
よくわからないが、きっとそれが楽しいんだろう。
俺達とは時代が違うとさっき思ったばかりだ。詳しく知りもしないで否定するのはよくない、と思った。
「もっと若い奴のほうがよくないか? 警備会社に頼むとか」
「イベントに廃工場の関係者が立ち合う、ってのが大事なんだ。
息子がいるとはいえ、部外者十数人であそこを使うからな。
俺が行くつもりだったんだが……うちのがどうしてもその日は駄目だ、隣町に行くから車を出してくれと言ってな」
「なにかあるのか」
稔は深刻な顔をした。
「温泉アイドルの純心が来るんだ」
「……」
「ちなみに佳代さんも一緒だそうだが、逆にお前は聞いていないのか」
「聞いてない……」
しかし、確かに佳代の部屋には「純心」のポスターが貼ってある。テレビもよく見ていたが、まさか会いに行くとは。
「家内の命令は絶対だ。そんなわけで、俺が立ち合えなくなったから話を取りやめようかと思っていたんだが……。
お前がよければ立ち合ってもらいたい。駐車場誘導とか、ないとは思うが怪我人の対応も。もちろん謝礼も出す」
俺はパウンドケーキがのっていた皿を見つめた。病院と、廃工場と、そのへんを散歩する暇な毎日。引退してからすっかり老け込んだ気がする。
鯖ゲーに参加するならともかく、ただそこにいるだけで役に立つのなら、話にのってもいいんじゃないだろうか。
なぜだか、新しい挑戦を決めることで、サツキとのことも上手くいくような気がした。
そこでふと気づいて、顔を上げる。
「……お前、これを断りにくくするためにサツキの話を聞いたな」
「バレたか」
稔はぺろっと舌を出した。ガキの頃から見飽きた癖。しょうがないな、と俺は笑った。
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