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翌日。
結局来たのは昼過ぎだった。
喪服でやってきたクナ。
1人で持ってきた、2番書式。
「確認します」
左側にクナの名前。
右側にはケイカマリエという氏名。
生年月日を見ると、クナと同い年だ。
証人欄には同じクナ姓とケイカ姓の男性が、それぞれサインしている。
父親だろうか。
これがなぜ、2番書式で書かれているのか。
届から顔を上げる。
「1番書式じゃ受理されないです」
つまり、ケイカはもう、サインできない。
「ケイカ様というのは」
基本に忠実に、確認していく。
「去年、死にました。
今日が命日」
なるほど、死者との婚姻。
「あなたと彼女の親が証人ということ」
「はい」
「死後であり戸籍を変更することはできません」
「はい」
「意思がないので医療行為の同意者にもなれず、彼女を相続人にすることもできません」
「はい」
「できるのは、重婚の禁止」
クナ側に貞操義務を課すことだけ。
「はい」
「…分類は」
「初めは遺骨ということで“非生物個体”かと思いました。
でも、ケイカという存在自体との婚姻ということで、“概念”に」
頷く。
遺骨が失われようと。
記録から消えようと。
永遠の誓いを。
「受理いたしました。
ご結婚、おめでとうございます」
クナは、深々と頭を下げた。
それは結婚祝いを受ける人ではなく、身内を亡くした人のそれだった。
「ありがとうございます、先輩」
晴れ晴れと、哀しんでいるその表情。
ニンゲンというのは、なんて傲慢なのだろう。
本来、死者は手の届かない存在。
それなのに婚姻を結ぼうなんて。
存在しないものさえに愛を誓うなんて。
その傲慢さが。
「羨ましいよ」
「先輩は…」
左手に光る指輪を指す。
「死んだ彼も、法務大臣通達が間に合っていたら、2番書式を出していたかもしれない」
「ご病気ですか」
「薬害事故で」
代替労働力確保事業により生み出された、人工知能搭載の労働ロボット。
それが私。
かつてニンゲンが愛してくれたけれど。
もういない。
愛とは生命であり、死の世界には踏み込めない。
生命のないものに、愛は生まれない。
「生命のない私には、愛を誓う資格はないんだって」
「まあいいんだよ。
ヒトは忘れるけど、私のデータは消えないから。
私は私で生きるし、誰の許可も必要ない」
婚姻のルールなんて、所詮はニンゲンが作った愛の偽物。
「結婚って、何なんですか」
笑い泣き怒り愛しみ。
壮大でも神聖でもない。
「人が人として生きるというだけのこと」
終
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