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立ち去る背中を見送った健一の顔から笑みが消える。
川口康太。
同学年で、小学生の時から、幾度となく対戦してきた。
彼と初めて会ったのは、小学5年の春。
全国小学生フェンシング大会の出場をかけた、県のランキング大会で顔を合わせたのが最初だった。
県内でフェンシングを習っている小学生は、片手で数えられるくらいしかいない。
色んな大会の会場で会うにつれ、仲良くなるのは自然な流れだった。
当時、康太はフェンシングをはじめたばかりの初心者。
対して健一は小学校4年からフェンシングクラブに通っていたから、小学生の間は、対戦する度に健一が勝っていた。
ふたりの力関係が逆転したのは、康太がフェンシング部のある私立中学に進学した後のこと。
中学1年の秋頃から、健一は彼に一度も勝てていない。
「なあ、どうして今の中学を選んだんだ?」
そう訊ねたら、彼は迷いなく答えた。
もっと練習して、強いフェンサーになりたかったから、と。
強くなれば、試合に勝てる。
試合に勝てれば、もっとフェンシングを楽しめる、と。
当たり前のように公立中学に進学して、週に一度剣を握るだけで満足していた健一には、笑顔でそう言いきった康太が、ただただ、まぶしい存在に見えた。
それと同時に、初めて康太を怖いと思った。
楽しむという理由ひとつで、貪欲に成長を求める彼は、いつか自分を追い抜いていく。
……そして、その予感は現実のものとなった。
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