魂を四つ①

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魂を四つ①

 家に入った途端、天井からネズミの鳴き声が喧しく聞こえた。  だが、秀一(しゅういち)にしか聞こえないのか、宇佐美は何も言わなかった。  秀一が二階への階段を上がると、階段上に少女が現れた。  肩の辺りで切り揃えた真っ直ぐな黒髪。丈の短いチエックのスカートにルーズソックス姿の少女は、腕を組んだまま秀一を見下ろしている。  秀一は立ち止まり、後ろを振り返った。  階段下から心配げに見上げる宇佐美と目が合う。 「本当に、お一人で大丈夫ですか?」  やはり宇佐美には、少女の姿が見えないようだ。   「平気。早くみんなを家に入れて、扉を閉めて。外の方が危ない」  秀一が言うと宇佐美はハッとした顔をした。  分かりましたと、玄関に向かい駆けて行く。  秀一は再び階段を上がった。 「あなた、誰なの?」  腕を組んだまま少女が言う。  少女のスカートのポケットからは、白クマのぬいぐるみが顔を覗かせていた。 「みんな、あなたを怖がってる。あなた何者?」 「君、石塚幸恵さんだろ。さっきいた人、刑事だよ。君を殺した犯人、捕まえてくれる。何があったか話してよ」  言いながら秀一は、屋根裏に上がる階段を探した。 「そういうの間に合ってる。あたしにひどいことした奴らは、ずっと苦しみ続けるように呪いをかけてんの」  ——人間ごときがそんな術、使えるわけないだろ。  秀一は幸恵を無視して、二階の一番奥の部屋のドアを開けた。  そこは机と本棚しかない殺風景な部屋だった。 「ねえ、あなた誰なの?」  幸恵は秀一の後をついて来る。   「あたしの事知ってんなら、あなたのことも教えてよ!」  秀一は本棚の本をチラリと見た。  占星術や魔術、オカルト関連の本が並んでいる。  天井に扉があった。 「オレは、色んな名前で呼ばれてきた。女の姿だった時は『滅びの魔女』と呼ばれた」 「へーっ、魔女さんなんだ」と幸恵はニヤニヤ笑いながら、引っ掛け棒を秀一に手渡す。 「人間は見たい姿でオレを見て、呼びたい名をオレにつける」 「他は? 何て呼ばれてたの?」 「サマエル」  秀一が引っ掛け棒を使い天井の扉を開けると、無数のネズミが降ってきた。  頭からネズミの大群を浴びせられた秀一を見て、幸恵が笑い転げる。  ネズミたちは床を走り回り、何処かへ散って消えていった。  落ちてくるネズミがいなくなると秀一は、はしごを下ろし、屋根裏に上がった。  屋根裏にはやせ細った女がネズミに囲まれていた。  女は両手に生きたままのネズミを掴み、交互にかじっている。 「多恵子さんだね」  秀一が言うと女は、手や口の動きはそのままに暗い目だけを向けてきた。 「悪趣味だな」 「その女は私にネズミの肉を食べさせて、私の赤ちゃんを死なせたの」  秀一の横で幸恵が言った。  だが、秀一は幸恵など相手にしていない。  幸恵の背後には、この家の主『怨嗟の悪魔』がいた。 「悪魔と契約したのか」 「そうよ。私の身体を食べさせる代わりに、あいつらみんなを呪ってるの」  身体一つで、悪魔の力を得ている気になっているが、幸恵自身も操られ、恨みつらみを延々続けさせられているのだろう。 「『ご遺体』がいるんだ。この人はもう死なせる」  秀一が言うと幸恵はムッとした顔をしたが、『怨嗟の悪魔』はうなずいた。  秀一は幸恵の手を取り、ネズミを食べ続ける多恵子に近づいた。 「何するの?」 「力を授けてやる。この人を自分の力で赦してやった方が、君も少しはラクになるよ」  秀一は嫌がる幸恵の手を多恵子の額に当てた。  一瞬で多恵子の身体が崩れ、細い骨に変わる。  ネズミたちも消え去り、周囲は静まり返った。  幸恵は信じられないといった顔で自分の手を見つめる。 「……私、あの女の魂を吸い取ったんだね?」 「恨み続けるより、ちょっとは気分がいいだろ」  幸恵はにっこりとうなずいた。「もう、戻せないの?」 「入れ物がこんなんじゃあ、無理だ」  秀一は足元に転がる骸骨に視線を落とした。 『ご遺体』を見たがっていた宇佐美には、これを見せればいいだろう。 「私が呪ってる人、あと四人いるの。そいつらの魂も欲しい」  秀一は顔を上げた。  幸恵が何を言っているのか理解できない。 「あたしを階段から突き落としたバスの運転手と、あたしの身体を埋めた男二人。それから弘一! あたしを騙した男! 全員ここに連れてきてよ!」 「——オレに、その男たちを殺す手伝いをしろって言ってるのか……」  秀一の怒りを察した『怨嗟の悪魔』が姿を隠した。  とばっちりを受けて消されないために。
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