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魂を四つ⑤
「……扉が、なくなってる」
未央は口をポカンと開けたまま、玄関ホールで立ち尽くした。
重たい観音扉は、壁ごと消えていた。
ぽっかり空いた空間の向こうでは、翳ってきた陽射しの中、すすきが揺れている。
「これも、幸恵さんの幽霊がやったの?」
未央に見上げられて、秀一は視線を反らした。
屋根裏に棲む悪魔がやった、とは言えない。
これ以上未央を怖がらせたくなかった。
「行こう!」
無言の秀一をどう受け取ったのか、未央は秀一の手を引いて外に出た。
すすき野原は、夕日で真っ赤に染まっていた。
人間の臭いを嗅ぎつけた妖魔がまたゾロゾロ集まってくる。
足早に門へと向う未央に手を引かれながら、秀一は睨みを効かせて妖魔を追い払った。
やっと門が見えてきた時、急に未央が立ち止まった。
「秀ちゃん、あれ——」
と、未央は鉄柵の近くにある一本の枯れ木を指差す。
秀一がその木を見ていると、未央は木に向かって走り出した。
「ダメだ未央! オレから離れないで!」
秀一は慌てて未央を追った。
「秀ちゃん、この木、桜だよ!」
未央は木に抱きつき、ニコニコしている。
「桜ってね、『幸が来る』が名前の由来なんだって! 秀ちゃんもこの木からパワー貰おうよ!」
未央に言われるまま、秀一も木に抱きついたが、この木がとっくに精気を失っているのが分かった。
「秀ちゃん、抱っこして。枝の匂い、かがせて!」
秀一は未央を抱き上げた。
小柄な未央は意外と重い。
そういえば以前体重をきいた時、秀一より上だった。
「おかしいな、桜の匂いがしない」
「……枯れてるから」
「子供の時、お祖母ちゃんにかがせてもらったら、冬なのに桜の花の匂いがしたんだ。桜はずっと日本人に愛されてきたから、愛情がたっぷり詰まってるんだって。だから枯れてるように見えても、匂いがにじみ出てくるんだよ」
「——未央、下ろすよ」
「別の枝も、かいでみる!」
「もう、行こうよ!」
秀一が未央を下ろそうとした時だった。
「君たち、どうやって中に入ったんだ?」
突然背後から男の声がした。
秀一が振り返ると、鉄柵の向こうに立つ痩せた男と目が合った。
「高森さんですか?」
地面に下りながら未央が訊く。
「——そうだが、君たちは?」
「こっちは霊媒師の秀ちゃんで、僕は友人の乾未央です」
高森は驚いた顔で、秀一を見つめた。
「……君が、霊媒師なのか——」
「高森さん、三十年前に殺された石塚幸恵さんのこと、何かご存知ないですか? 殺人犯を探し出さないと、幸恵さんは成仏できないんです」
未央の言葉に、高森の顔は青ざめた。
秀一には、すぐに分かった。
幸恵から呪われている男の一人が、高森だということが——。
この男から事件の顛末を聞き出せば、他の三人の身元も判明するだろう。
だが問題は、事故死か病死かに見せかけて、四人の命を奪わなければならないことだ。
それを考えると、秀一の心は重く沈んだ。
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