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心残り③
高森がカフェの扉を開けると、鈴の音が低く鳴った。
高森は扉を支え、未央と秀一を先に店内に通す。
「すいません! お手洗い、お借りします!」と未央は、店の中に駆け込んだ。
カウンターの中にいた白い髭を生やした小太りな男は愛想よく笑い、どうぞと店の奥を指さす。
スマホを片手にトイレに急ぐ未央を見て、高森は微笑んだ。
「さすが高校生だな。どんな時もスマホを手放さないんだな」
秀一は店内を見回した。
店は駅近にも関わらず、他に客の姿はなかった。
「向こうに座ろう」と高森は店の奥の四人がけのテーブルへと秀一を誘う。
薄暗い店内の奥は、さらに暗かった。
「私は紅茶にするが、君は?」
高森に訊かれて、秀一はメニューを見ずに即答した。
「チョコアイス」
注文を取りにきた男は、すまなそうな顔で笑った。
「すいません。バニラしかないんです」
「バニラでいいです」
秀一が言うと男は軽く頭を下げてカウンターの中に入って行った。
「未央には聞かれたくないんだけど」と高森と二人っきりになると秀一は声を小さくした。「多恵子さんは、幸恵さんにネズミを食べさせたの?」
「わからない」と高森は首をふった。「文さんは、そう言っていたが……」
「ふみさん?」
「あの家の家政婦さんだ。私と友人の都筑があの家に行った時、階段下に倒れている幸恵さん以外には、多恵子さんと文さんしかいなかった」
「あなたは、都筑さんと二人で死体を埋めたんだね」
「……後悔している……都筑にも悪いことをした……」
高森はうつむきながら水を口に含んだ。
「——都筑を巻き込んでしまった……私は多恵子さんとは幼馴染だったんだが、それを都筑に話したら、彼女と近づきになりたいと頼まれたんだ……あいつは昔から、上昇志向の強い男だったから——」
「もういいよ」
秀一は高森の話しを遮った。
「言い訳はいらない」
必要なのは四つの魂だけだ。
「都筑さんとは、会える?」
ああと高森は怪訝な顔をした。
「会ってどうするんだ?」
当時のバスの運転手は調べればすぐにわかるだろう。
残るは——。
「幸恵さんを騙した弘一って、どこにいるの?」
コップを持つ高森の手が震えた。
「幸恵さんだけじゃないよね。あそこには他にも二十人位の女の人が、埋められてるよね?」
秀一は冷ややかに高森を見つめた。
「みんな、あなたたちがやったの?」
高森は驚いた顔で固まった。
「若い女の子を妊娠させて、胎児を悪魔に捧げる儀式でもしてた?」
まさかと、高森は青ざめながら掠れた声を出す。
未央が近づいてくる姿が見え、秀一は話しを止めた。
あの家で行われていた残虐行為を未央の耳には入れたくない。
「秀ちゃん、ちょっと来て」と未央は秀一の手を引っ張った。「おトイレ汚しちゃったから、掃除手伝って」
未央に手を引かれてトイレに向かう途中で、トレイに紅茶とバニラアイスを載せた男とすれ違った。
「お客様、ご注文は?」
男にきかれて、未央は立ち止まった。
「クリームソーダー、お願いします」
ペコリと頭を下げると、未央はまたトイレに向かって歩きだした。
「宇佐美さんと連絡がつかないって、大騒ぎになってるみたい」
トイレに入り、どこが汚れているんだとキョロキョロしていたら、未央が囁いてきた。
「宇佐美さん、あの状態になる前に謎のメッセージを正語さんに送ったみたいなんだ」
「謎のメッセージ?」
「三十年前の事件に高森さんは、関わってるんでしょ?」
「……多分」
「秀ちゃんは、怪しんでるんだね?」
「……まあ……」
「正語さんに全部話して、あとは警察に任せた方が早くない?」
秀一は急に頭に血が上った。
「なんで正語に話さなきゃならないんだよ! 警察に頼らないで、二人だけで解決しようって言ったじゃないか!」
未央は秀一の口を抑えた。
「しっ! 高森さんに聞かれたら、逃げられちゃうよ!」
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