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ふたつめ
駅前のロータリーの植え込みに腰を下ろし、缶チューハイをあおっていた時だった。
「直輝? 直輝だよね?」
髪を明るく染めた男に声を掛けられた。
直輝は顔を上げて、目を細める。
「……克己か?」
相手が中学高校と一緒だった友人と分かり、直輝の顔が一気にほころんだ。
「久しぶりだね。みんな直輝と連絡とれないって、心配してるよ」
克己は直輝の隣に腰を下ろした。
「……スマホ換えた時、データ消えた……」
うわっ、それきついねと、克己は顔をしかめて、スマホを取り出した。
当然のように連絡先を交換しようとする。
克己に調子を合わせてスマホを取り出したが、直輝には昔の仲間と会いたい気持ちはなかった。
「僕、やっと声優の仕事、もらえた」
はにかんだような笑顔で克己が言う。
「……やったじゃん」
そうだ、克己の夢は声優になることだったと直輝は思い出した。
「直輝のおかげだよ!」
「——俺は、何もしてない」
高校卒業して連絡を絶って、十年近くになる。
克己のために自分が何をしたというのだ。
「覚えてる? 直輝、卒業式ん時に本くれたろ。僕、あれをずっと守ってるんだ!」
「……関西弁の象が出てくるやつか?」
そうそうと克己は笑顔でうなずく。
「靴磨くのとトイレ掃除は、今も毎日やってる。募金は……あんま金ない時は、やめちゃうんだけど、バイト代入ったら、絶対にやってる! 人、笑わせんのは、上手く出来ないけど、いつも笑顔で人の話、聞くことにしてるんだ。それから、悪口とかは絶対に言わない!」
あの本のおかげで、本当に夢が叶った。直輝のおかげだと克己は笑顔で頭を下げる。
——いや、やり続けたお前が、すごいんだよ。
自分は本の内容も忘れている。
当時は感動して、一番仲が良かった克己に贈ったくせに……。
「直輝は、夢、叶った?」
無邪気な顔できいてくるなよと、直輝は腹の底に黒いものが湧いた。
「——それどころじゃない。食うのが、精一杯」
現在の借金は二百万。
年収の三分の一の借金を抱えると人生ツミらしいが、直輝の年収は三百万。とうに終わっている。
「仕事、変える気ある? 紹介できるよ!」
笑顔で言ってくる克己に、直輝は警戒した。
何かヤバいことにでも巻き込まれるのでは——。
克己とは親友と呼んでいいような仲だった。
だが高校を出てすぐに働き始め、社会に出てから分かった。
世の中、いい奴なんか滅多にいない。
疑心暗鬼の直輝の前で、克己は屈託なく笑う。
「めっちゃ金持ちの女友達がいるんだ。僕に直輝の夢を叶える手伝いさせてよ!」
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