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心残り④
便座の蓋の上に座り、未央に手を口で塞がれながら、秀一は未央の話を聞いた。
「秀ちゃんは、あの部屋の時間を止めたけど、その魔法はどのくらいもつの?」
秀一は首を振った。
そんなこと聞かれてもわからない。
「つまり、宇佐美さんたちの死体はすぐに腐っちゃうかもしれないんだよね。はやく元に戻すなら、人の助けがいるよ。正語さんに全部話そう。秀ちゃんの従兄弟なんだし、きっと分かってくれるよ」
秀一は首を振りながら、未央の手をほどいた。
「正語には相談しない」
「なんで?」
「——夏休み、オレの身体は一度バラバラになった」
「……あの時の爆発?」
「それが一晩で元通りになってから、正語はオレを不気味がってる……」
本人は認めないだろうが、秀一には正語の奥底の思いが感じ取れてしまう。
「……オレは、正語の目を見るのが嫌だ」
未央には解るまい。
何万年もかけて、たった一つの魂を追いかけていることなど。
自分は今回も、あの男を得ることをしくじったのだ。
「未央はもう帰って」
秀一は立ち上がった。
「後は、オレ一人でやる」
秀一は未央の返事を聞かなかった。
トイレから出て、高森が座る店の奥のテーブルへ向かう。
呪われた高森の命はあと数日。
他の三人も同じような状態なら、魂を奪う仕事も罪悪感が少なくてすむ。
それでもそのわずかに残された命を奪う仕事は気が引けた。
未央を巻き込むわけにはいかないし、警察官の正語に迷惑がかからないようにしなければならない……。
秀一は足取り重く、高森に近づいた。
秀一が近づくと、高森はゆっくりと秀一に顔を向けた。
暗がりの中、痩せた青白い顔は、いっそう白かった。
「——あの子に謝りたい……」
高森は立ち上がった。
「——あの子の遺体を掘り起こして、供養したかった」
高森は秀一の手に何かを握らせた。
秀一がそれを確かめようとすると、高森は強い力で秀一の拳を握った。
「——弘一は……」
低く、苦しげな声を出しながら、高森は秀一に覆いかぶさってきた。
「——多恵子さんの双子の弟だ」
秀一は高森を支えきれず、そのまま床に倒れた。
「高森さん?」
驚いて身体を起こすと、高森の首の後ろにナイフが刺さっているのが見えた。
「大丈夫ですか!?」
ついナイフに手をかけた時だった、何かが割れる音がして、秀一は顔を上げた。
「人殺し!」
店の店長が驚いた顔で、スマホを操作していた。
店長の足元には割れたグラスと氷とアイスクリーム。
「警察ですか! すぐ来て下さい! 人が刺されてます! 学ラン着た男の子がナイフを持ってます!」
秀一は自分の手を見た。
高森の首に刺さったナイフを触れているのだから『持っている』と言われてしまうのか……。
ぼんやりそんなことを考えていたら、その手を掴まれた。
「逃げるよ!」
未央だった。
未央は秀一の手を取り、店のドアを開けた。
ドアに付けられた鈴が重く響く。
「人殺し! 待て!」
店長の言葉を背に、秀一は未央に手を引かれなが走った。
「隣の駅まで走ろう!」
「——未央、高森さんが……」
「ベルが、ならなかった」
「ベル?」
「僕たちが店に入ってから、店のベルはならなかった」
「?」
「僕たち以外誰も、あの店には入ってないんだよ! 秀ちゃんがやってないなら、さっきのおじさんが犯人だ! 秀ちゃんに罪を被せようとしてんだよ!」
「えっ? なんで?」
「三十年前の事件を探られたくない人がいるのかもしれない」
何台ものパトカーのサイレンが近づいてきて、未央と秀一は建物の影に隠れた。
スマホを操作しながら、未央は秀一に囁く。
「秀ちゃんは、正語さんを頼りたくないみたいだから、他の応援を頼んだ」
「他の応援?」
「秀ちゃんの友達! みんな来てくれるって!」
「みんな?」
「高森さん、死ぬ前に何か言ってた?」未央はスマホを片手で振った。「犯人のこととか言ってたら、警察に匿名情報で流すよ」
「これ、もらった」
秀一は高森に握らされたものを未央に渡した。
「なに、これ?」
カフェの紙ナプキンにボールペンで書かれた文字を見ながら、未央は考え込んだ。
「暗号なの?」
そう聞かれても秀一には、さっぱりわからない。
紙ナプキンには、
『私たちは、ほとんど自由だ』
と書かれていた。
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