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ミステリー研究会発足②
秀一は死者の声が聞ける霊媒師一族の末裔らしい。
鮎川自身は心霊現象に出くわしたこともないし興味もないが、幽霊やら死神だのが見える秀一を否定したりはしない。
秀一が生きている世界と自分のそれとは違う。
ただそれだけのことだ。
鮎川は子供の時、他の人は全員違う世界で生きていて、自分は一人ぼっちなのではないかと、怖くなる時があった。
プラトンや量子力学の本を読み、この世は仮想現実だといった考えを知ってからは、自分が抱いていた恐怖の謎が少し解けた。
それに幼馴染の少女に恋をして、吐きそうなほどの孤独もだいぶ薄らいだ。
人と関われた時の喜びを『彼女』から貰えたし、『彼女』にだけは自分の気持を分かってもらえるまで言葉を足していこうと思えた。
結局その恋は実らなかったが……。
人はみなそれぞれが意識している世界に生きている。
地球が平面だと思っている人が住む地球は平面なのだ。
死神や幽霊が見える秀一の世界では、生きている人と同じように死者が動き語るのだろう。
その秀一が除霊を頼まれた家には、三十年前に行方不明になった石塚幸恵の霊がいたらしい。
秀一と未央の話をまとめると、幸恵は自分の死の原因を作った四人の男たちを探し出して謝罪させないと、家に居座り続けると言ったそうだ。
鮎川はスマホで石塚幸恵とその家の持ち主である本条多恵子を検索してみた。
「アユも警察に行ったほうがいいと思うだろ?」
篤人が同意を求めるように鮎川を見てくる。
鮎川はスマホを見ながら曖昧に返事をした。正論だとは思うがハルが頭を下げているのにそれはしたくない。
「殺された男の人からメッセージも受け取っているんだよ」
篤人の言葉に顔を上げた鮎川は、すぐ横の多聞とまともに視線がぶつかった。
「未央が持ってる」と多聞は未央を指差す。「なんか、歌の歌詞っぽい」
「アユは、どういう意味だと思う?」と未央はシワシワの紙ナプキンを鮎川に寄越してきた。
紙ナプキンには『私たちは、ほとんど自由だ』と書かれている。
「『私たち』って誰?」と鮎川は言いながら、奇妙な既視感がした。紙ナプキンの文字から目が離せなかった。
「わかんない」と未央。
「誰がもらったの?」と鮎川が訊くと秀一がオレと答えた。
「手に握らされた」と、いつもの抑揚に乏しい話し方で秀一が言う。「オレが開いて見ようとしたら、高森さんは開けるなっていう感じで、オレの手を強く握った」
「近くに犯人がいたんだよ!」と未央は興奮した様子で鮎川に身を乗り出してきた。「これは犯人を教えるダイイングメッセージだよ!」
「早く警察に行こう!」と篤人がまた言うと秀一が首を振り、ハルが「頼む、やめてくれ」と手を合わせた。
「オレは、怜ちゃんと怜ちゃんの叔父さんとこに行く」と秀一。「未央たちは都筑さんを探して、オレに教えて。三人の男を探し出せば全て終わるんだ」
「テレビ局の前で張り込むか?」と多聞が頬杖つきながら考え込んだ。「朝八時のワイドショーに出演する奴って、何時にスタジオ入るんだろ?」
「それなら」と鮎川はスマホの画面を開いた。「ハルが役に立つかもよ」
「んああ?」とハルが不機嫌そうな顔をする。
鮎川が示した画面にはハルの叔父、高辻倫太郎と都筑雅人が笑顔で写っていた。会談のタイトルは『新時代に求められるビジネスパーソンとは』となっている。
「倫太郎さん、八ヶ岳にある都筑雅人のセミナーハウスに出資してるみたいだよ」と鮎川はハルを見ながら言った。「パトロンには頭があがらないだろうし、すぐ会ってくれるんじゃないの?」
「叔父さんになんて言うんだよ」とハルは鮎川を睨んだ。「有名人に会わせてくれとか、恥ずかしいこと言えねえぞ」
「(大好きな秀一のためなんだから、少しは頭働かせろよ!)例えばさ、ミステリー研究会入ってるってことにして、三十年前の事件調べたら都筑雅人の名前が出てきたから、本人にインタビューしたいとかさ——」
「ミステリー研究会、やりたい!」と未央が顔を輝かせた。「みんなでやろうよ!」
「いや、例えばの話しね」と鮎川は苦笑したが、ハルの怒鳴り声に消された。
「バーカ! そんなオタクの集まりみたいなもんに入ってるとか、叔父さんに思われたくねえよ!」
「僕、会長!」と未央はハルの言葉を無視した。
「面白そうじゃん!」と怜司。「俺、副会長!」
「マジかよ、怜ちゃん……」とハルは嫌な顔で怜司を見る。
「秀ちゃん、書記ね!」と未央が言うと、秀一は分かったとうなずいた。
「秀一の字、誰が読めるんだよ」と多聞。「俺がやる」
「じゃあ、秀ちゃんは会計だね」と未央に言われて秀一はまた分かったとうなずく。
「待ってよ。七人いるんだから学校に活動費が請求出来る」と篤人。「会計は俺がやる。秀一は会計監査だ」
「わかった。やる」と秀一はうなずいた。
七人って自分も入るのかとぼんやり思いながら、鮎川はまだ高森が残したメッセージの事を考えていた。
——自分はあの言葉をどこかで見た。
だが、どこでだったのかが思い出せない。
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