ミステリー研究会発足④

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ミステリー研究会発足④

「じんたいじっけんって、何?」  と、秀一が小首をかしげながら訊いてきた。  普段は人形のような秀一は、顔に表情がつくと途端に幼く、可愛らしくなる。  ふと鮎川は、秀一と初めて会った時のことを思い出した。  秀一は覚えていないだろうが、鮎川はよく覚えている。  ある日、幼馴染のハルが顔を赤くして打ち明けてきた。 『スクールにすげー可愛い子がいる。テニスもメッチャ上手い』  名前も年もわからないその子の姿を見るために、ハルは早めにスクールに行くようにしているという。 『俺もプライベートやめて、グループレッスンにしよっかな。話、出来っっかな……』  ハルの話を聞いて、鮎川はその子に会ってみたくなった。  ハルに代わって、自分が名前と学年ぐらい聞いてみようと考えた。  その前の年、ハルはアメリカにテニス留学をした。  そのまま永住する予定だったが、数ヶ月で体調を崩して、母親と日本に戻ってきた。  帰国後のハルはテニスを辞めてしまい、学校も休みがちになった。    こっそり『ジャイアン』とあだ名を付けられていた王様気取りのハルが、登校しても元気がなく、口数も少なくなったのを、鮎川はずっと心配していた。  そのハルがやる気を取り戻したのだ。  応援しないでどうする。  そして鮎川はかつて一年だけ通ったことのあるスクールに、またやる気が出た見学させてくれと断って受付を通った。  ハルに教えてもらうまでもなく、鮎川にはハルのお目当ての女の子がすぐにわかった。  ハルはゲームでもアニメでも、絶対振り向いてくれそうもない冷酷な美少女が大好きなのだが、そんなハルが賛美する二次元キャラが具現化されたような少女だった。  ハルがプライベートレッスンを受けている間に、鮎川はその子に話しかけた。  そこで初めて女の子だと思ったその子が、秀一という名の男の子だと分かった。  秀一と話していたらお迎えに来た秀一の伯母さんに声をかけられ、秀一はまだ東京に馴染めていない、友達も少ないから、友達になってあげてと頭を下げられた。  秀一の住所と電話番号、小学校名を手に入れた鮎川は意気揚々とレッスンを終えたハルに近づいた。 『ハル! あの子、男の子だったよ! 友達になろうよ! 住んでるのこの近くだよ! いつでも遊びに来ていいってさ!』  ハルはポカンとしたまま固まっていた。  ああ好きな女の子が男だったからショックなのかと瞬時で感じ取った鮎川はハルの手を取った。 『ハル、女の子と付き合うのはハードルが高い。でも男同士なら簡単に仲良くなれるよ。泊まりに来てもらって一緒にゲーム出来るし、お風呂にも一緒に入れる。同い年だしさ、うちの中等科に入って貰おうよ! 僕たち男子校なんだから、秀一くんが女の子だったら同じ学校に通えなかったんだよ! ハルは、すごいラッキーだよ!』  鮎川の言葉を聞きながら納得したのか、ハルの顔が輝き出した。 『俺、めっちゃツイてるな!』  ハルの帰国の理由が心身症だったと鮎川が知ったのは、中等科に入学した後だった。  日本では年上相手でも負け知らずだったハルは、留学先ではテニス歴が自分より浅い年下にも勝てなかったそうだ。そのうちコートに入ろうとすると腹痛が起こり、発熱するようになった。  ハルは帰りたがらなかったが、母親が強引に日本に連れ帰ったそうだ。 『ハルちゃんは、とっても繊細なのね』  とハルの心身症の話をした後、鮎川の母親がしみじみ言った。 『立ち直りが早くてよかったって、お母様が泣いてらしたわ』  ——可愛いは、人を救う。  小首をかしげる秀一を見ながら、鮎川はぼんやり思った。 「ねえ、じんたいじっけんって、何?」  秀一が、また訊いてきた。  どう説明するんだというような顔で、怜司も鮎川を見てくる。 「——昔、ロシアが戦争捕虜に対して行った実験なんだけど……でも、都市伝説みたいな話なんだ……」  鮎川が話し始めた時、電話をかけに行っていた四人が戻って来た。 「うまくいったぞ! 都筑雅人が会ってくれるってよ!」とハルはご満悦の様子で秀一の隣に座った。 「俺たち、すぐ都筑さんに会いに行くよ」と篤人は、ソファーから自分の荷物を取ろうとする。 「この話の続きは後にしよう」と、鮎川は高森が残したメモを上着のポケットに入れた。 「みんな、ちょっと一旦座って」と怜司が全員に声をかける。  鮎川が場所を移動し、立っていた三人が腰を下ろした。 「俺たちミス研、最初の事件だ」と怜司はテーブルに片手を乗せた。「気合い入れてこうぜ」  すぐに篤人が怜司の手に自分の手を重ねた。  秀一、ハル、多聞、未央と次々に手を重ねていく。  他の六人に見つめられて、仕方なく鮎川も片手を重ねた。  途端に全員が、もう片方の手を重ねてくる。  店内にいる他の客がチラチラこっちを見てくるのが中央にいる鮎川にはよく見えた。  だが、テーブルには浮きだった空気が流れている。  確かに気の合う仲間と一つの目的に向かって行動するのは楽しいかもしれない。  だが——。 「みんな、慎重にいこう」  重なり合った手の最後にもう片方の手を乗せた鮎川は、全員を見回しながら小さいが厳しく言った。 「悪魔や幽霊より怖いのは人間だよ。生きている人間が一番怖いんだ」
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