ミステリー研究会発足⑥

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ミステリー研究会発足⑥

 篤人は階段で下りようと言うが、ここは五階だ。  冗談じゃない。  エレベーターの扉が開く音を聞いた鮎川は助かったとばかり、踵を返してエレベーターホールに向かった。  エレベーターからは、スーツ姿の大柄な男が一人出てきたが、上の表示ばかり見ていた鮎川は、それが誰なのか分からなかった。  ——なんだ、上か。  下へのボタンを押そうとする鮎川の前に、その男が立ちはだかる。 「君たちは相変わらず、仲いいな」  低いダミ声に顔を上げると、角刈りの男が相好を崩しながら周囲を見回していた。 「秀一くんと未央くんは、どこかな?」  男は、この夏の事件で鮎川たちが散々取り調べを受けた石黒刑事だった。 「二人で、警察呼んだのか!」  突然、多聞が怒鳴った。  鮎川と篤人に非難の目を向けてくる。 「仲間と約束したばっかだろ!」 「僕は知らない」と素早く身の潔白を明かして、鮎川は石黒から離れながら篤人を見た。  篤人は困ったような顔で鮎川を見てくる。  君に話そうとしていたのにと言いたげだ。 「——俺は、正語(しょうご)先輩に連絡しただけだ……」と篤人が苦しそうな声を出した。「……先輩が、秀一のこと、心配していた、から——」  なるほど、たいして混んでいる店でもないのに、篤人がレジからなかなか戻って来なかったのは、会計の後に部活のOBに連絡をしていたせいかと鮎川は納得した。 「すまんな。九我(くが)さんは仕事で抜けられないんだ。秀一くんと未央くんはどこにいる?」  石黒の声は穏やかだが、目は笑っていなかった。  鮎川はそっと階段の方を見た。  階段前には多聞が道を塞ぐように立っている。  未央の姿はなかった。  石黒を見てすぐに階段を下りて行ったのかもしれない。 「全部、聞いているんだよな」石黒は声を落とした。「秀一くんたちは、殺人現場から逃げ出すところを目撃されている。防犯カメラにも二人の姿が写っていたんだ。早く出頭させないと事がどんどん大きくなるぞ。九我さんもこの件で厄介な立場に追い込まれている」  多聞は反抗的な目つきで石黒を見上げたまま何も言わなかった。  篤人も無言で下を向く。顔色がひどく悪かった。  篤人がしたことは正しい、と鮎川は思う。  思うが、自分が同じ立場だったら絶対にしない。  倫理的に正しくても、仲間内のモラルからは反している。  警察に通報するまで二時間の猶予を秀一に与えたばかりではないか——。  部活のOBから、秀一が見つかったら連絡するようにプレッシャーがあったのかもしれない。  運動部の縦社会の厳しさは理解できないが、早く篤人の話を聞いてあげればよかったと、鮎川は反省した。  石黒はさらに声を潜めた。「宇佐美も関わっているのか?」 「宇佐美さん、どうかしたんですか?」と鮎川は石黒に聞き返しながら、多聞と篤人を見た。宇佐美の話は何も聞いていなかった。  多聞と篤人は黙ったままだ。 「秀一くんの除霊に付き合ったらしいが、連絡が取れない」と石黒。「九我さん宛に妙なメッセージを送ったのが最後で、スマホの電源が切られたままだ」 「じゃあ警察はその幽霊屋敷を捜査しているんですね?」  鮎川の問に石黒は答えなかった。  その時鮎川のスマホがなった。 「石黒さん、教えて下さい」言いながら鮎川はスマホを開く。メッセージは未央からだった。「警察は都筑雅人(つづきまさと)のことも調べているんですか?」  鮎川は未央に返信を送りながら、内心ため息をついた——次から次へと色々起こりすぎだ——。 「都筑雅人って……テレビに出てる、あいつか?」と石黒が眉間に皺を寄せた。 「そうです。『秒で動いて、爆速で億り人』的な啓発本書いてる人です」と答えながら鮎川は、篤人と多聞に目配せした。 「……あの都筑が、事件に関わってるのか?」 「すいませんが僕、家から呼ばれたので失礼します。遅刻してきたので詳しい話は知らないんです。後はこの二人に聞いて下さい」  鮎川は頭を下げてエレベーターのボタンを押そうとするが、石黒に阻まれた。 「駄目だ、鮎川くん。しばらく付き合ってもらう。親御さんには俺から話す」 「二時間の約束がもう三十分過ぎてしまいました」と鮎川は振り返り、多聞を見た。「時間がないんです(結局、階段か……)」  鮎川は階段に向かいダッシュした。多聞の脇を抜けて階段を駆け下りる。  石黒はすぐに鮎川の後を追おうとした。  行かせまいと多聞は、階段への道を塞ぐ。 「どいてくれ!」と石黒は多聞の肩に手を乗せるが、その手首を篤人に掴まれた。 「しーちゃんも行きなよ」と篤人は石黒の手首を掴んだまま言う。「君、生徒会の仕事があるんだろ」  篤人に言われて、多聞は階段を駆け下りた。 「九我さんも、秀一くんたちが人を殺したなんて思っていない! 安全な所に保護するように頼まれただけだ!」  上階から石黒の大声が聞こえたが、多聞は立ち止まらなかった。  鮎川にはすぐに追いついた。  鮎川は手すりに掴まりながら息を切らしている。 「大丈夫か?」  多聞は鮎川の背中をさすった。 「——僕のことはいいから、下にいる未央のところに急いで!」 「どうした?」 「秀一たちが、いなくなったらしい——ハルも怜ちゃんも、スマホがつながらない——」  多聞は飛ぶように階段を駆け下りた。
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