118人が本棚に入れています
本棚に追加
「前畑、これ営業の佐渡君に頼んでいい?社長から預かってるんだよ資料。今度の出張、彼が一緒に出向くらしい。メールはしてるんだが、相手会社の詳細についても含まれるから念のために渡して欲しいらしい。」
田上総括から㊙︎と印字された封筒を渡され華は仕方なく営業のフロアに降り立つ。
今日は田上さんの子供の誕生日だったな。
きっと急いでたんだろう。
「本当にすまない!頼んだ!」そう言って田上は風の如く帰って行った。
あんな旦那さんだと奥様もきっと幸せだろう。
まさしく田上は子煩悩なのだ。
田上は忙しい合間をぬって子供の行事などにも参加するタイプで、自分の目に焼き付けたいあまりつい写真を撮るのを忘れがちになると言っていた。
仕事でミスなど全くしない上司のそんな一面を思い出しフフッと笑いながら営業課に向かうためにエレベーターに乗り込んだ。
「佐渡部長」
エレベーターを降り角を曲がろうとした瞬間、女性の声が聞こえて華は思わず足を止め、咄嗟に見えない位置に体を隠す。
「何かあった?山上さん」
「あの部長、少しお時間いただきたいのですが。」
「いいよ。何か問題抱えてる?」
「いえ、仕事の事ではなく、、、プライベートです。」
やっぱり。
後でまた来よう。
華はそう思いエレベーターに行こうと足を動かそうとしたが、どうしても耳に会話が入ってきてしまう。
「あの!知ってます。部長にはずっと想ってる方がいる事。」
「え?」
「同僚の子がそう言って断られた事があるのを聞いてるので。でも、それでも伝えたかったんです。ダメでも前に進みたいので。」
女性は懸命に気持ちを佐渡に伝えている。
まるで、それが自分のように感じて華は身動き出来ずにいた。
「気持ちは嬉しいけど、ごめん。本当に申し訳ない。」
佐渡の凛と澄んだ声が廊下に響く。
「やっぱり、その方でないとダメですか。一ミリも隙間に入れないですか?」
「うん。その子しか無理みたいだ。自分でも情けないくらいずっと片思いだね」
ずっと片思い。
先生、まだお姉ちゃんを想ってくれてたんだね。
華は嬉しい気持ちと悲しい気持ちが入り乱れてその場に座り込みそうになる。
心が痛い。
姉を想う彼の想いを聞き、自分の必死に隠した気持ちを浅ましく思う。
佐渡と姉は想い合っているんだ。
姉が居なくなった今でも。
ずっと彼は姉を想っている。
華は何とかエレベーターまで行き乗り込む。
別のフロアに降り立ち、一旦気持ちを落ち着かせるため深呼吸を繰り返す。
自分の恋心を押し込めるように。
最初のコメントを投稿しよう!