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華は大学の留学で培った語学力と知識を活かし今の会社に入社した。
貿易を主に取り扱う会社で、華は秘書課に配属され仕事に埋没する日々を送っている。
社長の向上聡志は仕事には厳しいが優しい上司で、いつも仕事ばかりしている華を心配し、たまに無理やり有休を取らせたりする。
向上は年齢不詳の外見で、肌はきめ細かいし皺もあまり感じない。何よりアクティブなので常に動き回り歳を感じさせない若さがある。
社内にもファンクラブがひっそりあるとかないとか華の耳にも入る程だ。きっと存在するのだろう。
今も華の前にいる社長はとても今年43歳とは思えない。
「前畑、俺には心から愛する妻がいるから、そんなに見つめても気持ちには応えられないよ」
「見つめてません。」華の瞬殺の答えに向上はハハっと笑う。
「で、今日の夕方からのスケジュールは以上?」
「はい。夕方から8時までの会食には私も同席致します。例の方も来るので」
「あぁ〜そっかあの人もいるのか」社長はウンザリした顔で天井を睨む。
社長の向上は外見がいい事もあり、妻子持ちに関わらず近寄ってくる者が後を絶たない。それゆえにあまり酷い場合には華も同席しカバーに入る事も多々あるのだ。
今回の会食の1人に女性社長がいて、その人は酒が入ると社長にロックオンするため特に神経を使わなければならない。
「すまないね。前畑。面倒をかける」
「いえ。私こそ社長に助けられた恩があります。」
「まだ、言ってるの?たまたま側に居たのが俺だっただけだし一回だけじゃない。気にするな」
向上はニコッと笑った。
では、失礼致します。と社長に頭を下げて華は部屋から下がる。
まだ入社して間もない頃に華は過呼吸を起こした。あまりに突然に気持ちを揺さぶられ脳が追いつかずに呼吸が浅くなり次第に息が出来なくなる。
あまりの突然の事にうまく対処が出来ず焦る華をたまたまその場にいた向上がうまく対処してくれたのだ。
発作の原因は、ある人物を見てしまったからだ。
何年ぶりかの彼の姿に華の脳と身体が対処出来なかった。
佐渡純。
姉の彼氏だった人で、華の初恋の相手でもある。
彼の姿を見た瞬間、華の脳裏に昔の記憶が溢れ出してしまった。
ギュッと閉じ込めて鍵を幾重にもかけたのに。
彼は簡単に暴くのだ。
華の心の中の奥を。
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