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「前畑さん、今日暇なら一緒に食事でもどうかな」そんなよくある誘い文句を丁寧に頭を下げて断る。 「すみません。私家で猫飼ってて。ご飯あげないといけないので」また誘って下さい。と華は申し訳なさそうに笑う。 「そっか。残念。今度は前もって声かけるよ」 さして知り合いでもない会社の同僚の言葉に、次もないけど。と華は思いつつ会釈をして別れる。 そのまま廊下を歩いていると、スッと横に並ぶ高身長の気配に華は身を構える。 「前畑、猫飼ってるの?」高い位置から心地よい低音の声が聞こえて華はギュッと手を握る。 揺さぶられるな。そう心に言い聞かせて。 「はい。そうですよ。」 横も見る事なく華は簡潔に答える。 会話がこれ以上続かないように。簡潔に。 「ふぅ〜ん。華、猫アレルギーだったよね。」 「体質変わったので。昔の私とは違います。では、失礼します。佐渡(さわたり)部長」 最後まで隣の人の顔さえ見ずに華はスッと向きを変える。 態度とは裏腹にうるさく鳴り響く心臓の音に気づかれぬよう足早に彼から離れる。 吸って吐いて。 呼吸を整えて。 大丈夫。 大丈夫。 もう、幾度となくやり続けている深呼吸に若干眩暈を感じながら、前畑華(まえはたはな)は会社の廊下の隅で気持ちを落ちつかせた。
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