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「はぁ」
二十歳の誕生日から一週間が経った頃だった。
いつものように川辺で足を冷やしていた。
この時間は好きだ。
一人で時の流れに身を任せていられるから。
その時間を遮るように、茂みから気配を感じた。
でもそれはアリーナのものではない。
急いで川辺から上がり、気配のする茂みへ視線を向ける。
「へぇ。僕の気配に気づくとは君、なかなかやるね」
「誰だ」
見知らぬ声に体を強ばらせる。
すると茂みから出てきたのは、二十代くらいの男性だった。
至って普通の姿で、服装は少し乱れていたけどだらしのない不良のような人だと思えば違和感はなかった。
「これは驚いた。君、綺麗で可愛らしい顔をしているね。まるで人形みたいだ」
「初対面の相手にいきなりかける言葉ではないと思うけど」
「これは失礼」
被っていた帽子をわざとらしくあげて微笑む。
鳥肌が立つほど関わりたくない男だった。
「この辺に用事ですか? あいにく、ここには何もないですけど」
「用事など何もないよ。目的もない旅をしているだけだ。でも強いて言うなら、今目的のものが見つかったというところかな?」
言っている意味がわからず、不気味な気配を感じた私は急いで帰ろうと靴を素早く履いた。
それを変わらぬ笑顔で見つめている男は気持ちが悪い。
「まあまあ、そう焦らずとも。悪いようにはしないよ」
その言葉を聞き終える直前だった。
目の前にいたはずの男が背後に回ったのは。
気がつけば私の肩に手を置いて、値踏みするような視線を感じる。
慌てて距離を取ろうとするが、その肩に置かれた手が異常なほどの力を放ち、私の行動を制御する。
「焦らないで。僕はね、君に興味が湧いたんだ。人に興味を示したのなんて何年ぶりだろう。久しぶりに楽しめそうだ」
肩にある手の重みが只事ではない。常人じゃないと告げてくる。
早く逃げ出したいのに、体がいうことを聞かない。
「何が目的?」
「そうだね、君のことを教えてもらおうかな。君、種族は人間かな。それと名前は……」
断固として教えてはならない。
直感が訴えていた。
でも後ろから覗き込まれた時に目を合わせてしまった。
普通ならそれだけでは何も起こらない。
でも普通じゃなかった。
この人物は。
「そうか、ライラっていうのか」
目を見開くことしかできなかった。
目を合わせただけなのに、種族だけでなく、名前まで知られた。
この世界には、人間、魔族、幻獣、精霊、妖精などさまざまな種族が存在しているが、彼は確実に人間だと確信していた。
でも人間には持ち合わせていない力を持っている。
魔族なら姿が人の形を保つことなどあり得ない。
そういう世界だった。
それなのに……
彼は一体……
「ライラ、僕の妻にならないか? 思う存分愛でてあげよう。それに何にも怯えずに済むよ。今、君は現状に恐れを抱いているね。それを僕が取り払ってあげるよ。どうだい? ここを捨てて僕と一緒に……」
「お断りします」
やっと出た言葉は怒り任せと現実逃避の言葉に過ぎなかった。
それでも彼の言いなりにはなってはいけない。
それが私の常人でいられる最後だとも知らずに。
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