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つたない筆跡の手紙
『お久しぶりです。お元気でしたか?
わたしは元気で過ごしていました。
パパもいつも優しいし、お母さんもいつもわたしのことを見ていてくれています。
わたしは毎日、とても幸せです。
今日の朝ごはんは玉子焼きでした。プルルンとした黄身がおいしくて、ほっぺたが落ちそうになりました。
お昼ごはんはにんじんサラダでした。シャリシャリしていておいしかったです。おやつで出てきたプリンもぷるぷるしていて甘くておいしかったです。夜ごはんは何かな? いつもいつも、とっても楽しみです。
嘘です。
ぜんぜん元気じゃありません。
パパも気分によってニコニコしたり怒ったりするし、最近はただ叩くだけじゃなくて気持ち悪いこともたくさんしてきます。痛くても、怖くても、苦しくても、気持ち悪くても、お母さんは助けてくれません。
お母さんはわたしをパパの持ってきた荷物としか思っていません。ごはんももらえない日があるし、おやつなんてありません。パパに何をされてもわたしのことなんて見てくれません。お母さんのことを何回呼んでも無視されて、大きな声を出したらもっと大きな声で怒られてしまいます。
お前はただの荷物なんだから黙れって。
本当はふたりだけがよかったんだって。
パパにされたことは誰にも言うなって。
パパとお母さんとの邪魔をするなって。
ぶたれて、踏まれて、ごはんを取られて、お腹が痛くて、手や足が痛くて、気持ち悪くて、お腹が重たくて、頭がふらふらして、頭が痛くて、目がチカチカしても、ふたりともやめてくれません。
毎日痛くて、苦しくて、もう逃げ出したくて。
でも逃げたら家出だって連れ戻されて、おまわりさんにもパパにもお母さんにも怒られます。何回やっても捕まえられて、そのたびに怒りかたもどんどん怖くなっていきます。
これで終わりにするので、教えてください。
なんで、あの日わたしを置いていったの?
なんで、なんで、なんで?』
「ねぇ、ママ?」
突然手紙を読む私の背後から、すっかり嗄れたような幼い声が聞こえて。振り向こうとした首に、血だらけの手が絡み付いた。
万力のような力で首を絞められて意識を手放してしまう直前まで、私は遠い昔に虐待死した我が子からの手紙に返す言葉を考えていた。
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