第1話 マクギニス伯爵家の事情(1)

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第1話 マクギニス伯爵家の事情(1)

 私、ルフィナ・マクギニスの癒しは一に猫を撫でて、二に猫の(あご)の下を触り、三にまた猫を撫でること。  今日もマクギニス伯爵邸の庭園が望めるテラスで、私は本を片手に読書を楽しんでいた。普通の令嬢らしく。  ただ一つ、違うところは膝の上に白猫がいること。  それだけでおかしいとは感じないだろうけれど、足元を見てほしい。トラ柄の猫が数匹、気持ち良さそうに寝そべっているでしょう。他にもグレーやミケの姿も。 「あっ、ダメよ」  茶トラがいきなりテーブルの上に乗ってきたのだ。私は手で払うことはせず、代わりに頭を撫でて(さと)す。  猫に諭したって通用するの? と思うでしょう。ここにいる猫たちは他と違う。お利口さんなのだ。 「さっき、あげたでしょう。それに、これは食べない方がいいわ」  茶トラが向かった先は、テーブルの真ん中にある、クッキーが入った器だった。  さっき、あげたクッキーと形も色も似ているから、食べて良い物だと思ったのだろう。でもダメ。 「あと、君は食べ過ぎよ。まさか、持って帰る途中で、お土産まで食べていたりしないわよね」  私の言葉に、茶トラが尻尾をテーブルに叩きつけた。  これはどっちに怒ったのかしら、と微笑んでいると、膝の上にいた白猫もトンッと音を立てて上がった。 「シャー!」  まぁ、私の味方をしてくれるの?  白猫が茶トラに向かって威嚇(いかく)した。けれど、私はそんなことなど望んでいない。 「君の定位置はここ。忘れないで」  白猫を背中から抱き上げて、膝の上に戻した。始めは不機嫌そうな顔をしていたが、頭から背中にかけて、ゆっくり撫でてあげると、徐々に落ち着いたようだった。 「君はテーブルから降りなさい。守れないのなら、出禁にしますからね」  茶トラは私の「出禁」という言葉に反応してそそくさと降りると、くつろいでいる猫たちの元へと合流していった。 「失礼いたします。ご主人様がお呼びです」  こちらの事がひと段落したのを見計らったかのように、メイドが現れた。  さすが我が家。主人の用事よりも、猫を最優先にするのだ。マクギニス伯爵家のメイドたちは。 「お嬢様?」 「いいえ、何でもないのよ。もし遅くなるようなら、いつも通りこの子たちにお土産を渡してね」 「かしこまりました」  猫を最優先、ということは、大事にしていることを意味する。そのため、私の言葉にメイドは何一つ疑問を抱かずに、頭を下げた。  *** 「ルフィナ~」  屋敷に入ると、ぬいぐるみのような大きな猫が、ふよふよと浮かびながら出迎えてくれた。 「ピナ」  半透明の体を掴んで抱き寄せる。私に憑いている可愛い猫ちゃん。  メイドたちが猫を最優先に考える理由であり、マクギニス伯爵家の別名「(ねこ)()き」の由来となった存在だ。 「喧嘩していたあいつら、もう呼ばない~」 「どうして? 喧嘩している姿も可愛いのに」 「ん~。ルフィナがそう言うなら、また呼ぶよ~」  そう、さきほどテラスにいたのは、ピナが私のために呼んだ猫たちだった。  ピナは私に憑いているため、本物の猫じゃない。体も霊体で、もふもふしていないのだ。  あのふさふさした触り心地は、やっぱり本物でしか味わえない癒し。それを求める私のために、ピナは猫たちを招集してくれているのだ。  しかも、ちょうど今、構ってほしいという猫を厳選してくれているお陰で、嫌がられることもなく、もふもふが堪能できる。  あぁ、なんて優しい猫ちゃんなの、ピナは。ますます可愛く見える。 「そうえば、ルフィナはアルベルタに呼ばれているんだよね~」 「えぇ。今から向かうところよ、お母様の執務室に」  当たり前だけど、ピナはお母様に敬称を付けない。  アルベルタ・マクギニス。私の母であり、マクギニス伯爵家の主人。マクギニス伯爵、その人である。
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