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第36話 婚約者とのデート
お母様にシュッセル公子との婚約を頼んでから二週間。
思っていた以上の速さで話が纏まった。そう纏まってしまったのだ……。
多分だけど、噂になっているんじゃないかな。
何せ、相手は公爵家の嫡男。さらにいうとドリス王女の婚約者候補だった人物だ。
結婚市場では、カーティス様とはまた違った意味で人気がある。性格に問題があっても、価値としてはやはり高いからだ。
そうであっても、私はこんな男は選びたくない。余程の理由がない限りは。そう、余程の……。
「何をしている。さっさと来い」
うん。あり得ないわ~。
目の前をずかずかと歩くシュッセル公子に、私は笑顔を向ける。勿論、作り笑いだ。むしろ、それだけでも有り難いと思ってほしい。
「何が悲しくて、貴重な休日をお前と過ごしていると思っているんだ」
「マァ、コウエイデスワ~」
棒読みで言っているのにもかかわらず、シュッセル公子はうんうんと頷いていた。
そう、今日は貴重な休日を使って、シュッセル公子とデートをしている。故に、「それはこちらの台詞だ!」という言葉を飲み込むしかなかった。
何せ、先にも述べたように、この婚約はお母様に頼んだもの。つまり、マクギニス伯爵家からシュッセル公爵家に打診したのだ。
だから、このように横柄な物言いをされても、反論できなかった。
加えていうと、婚約したのに一度もデートをしない、というわけにもいかず、渋々付き合っているに他ならない。
この間、カーティス様と出かけた時とは大違いだ。あの時も驚きの連続だったけれど、とても気を遣っていただいたからか、余計にそう感じるのかもしれなかった。
「念のためにお聞きするんですが、ドリス王女様にもこのような態度で?」
「はっ! 仮にも王女だぞ、そんなわけがあるか。まさかとは思うが、ドリスと同列だと思っているのか?」
「いいえ。そんな恐れ多いこと、思ってなどいません」
むしろ敬称をつけない、シュッセル公子の方がどうかと思う。
「一応、自分の身の丈は分かっているようだな」
「えぇ。ですから、お好きなように。私はその後をついていきますから」
「……ふん! こんなつまらない女だったとはな。全く誰のせいでこんな目に」
口が悪く、性格に難がある男でも、腐っても鯛、いや公爵家の嫡男、といったところか。
自分が何故このような立場になってしまったのか。その原因が私にあることは承知のようだった。
それなのに、婚約を引き受けたこと。今日のデート。
仮に父親であるシュッセル公爵に言われたとしても、すんなり従うのには、何かわけがあるのだろうか。
あと、私をどんな女だと思っていたんだろう。
「そんなに嫌がるのでしたら、公爵様に仰らないんですか?」
「抗議をか。猫憑きなら分かるだろう。今の俺に、そんな発言権がないことくらい。だから、父上に頼み込んだんじゃないのか」
こういうところはお互い話が分かって助かる。シュッセル公子が、ただのボンボンじゃないってところも含めて。
「この間の仮面舞踏会の件は、私としても不可抗力なものでした。ヴェルナー殿下から、ドリス王女様について調べてほしいとカー……グルーバー侯爵様を通して依頼されましたので」
「あれは、妹離れができていない男の仕業だったのか」
「……まぁ、そういうことになりますね」
不敬罪で、いますぐしょっぴぎたい。というより、誰か連行してくれないかな。
「で、馬鹿正直に引き受けたと。本当に動物並みの脳しかないのだな」
「……我がマクギニス家は中立派です。王党派にも貴族派にもつくつもりはありませんから」
「だが今回、父上に頼んだのは、王党派の連中が助けてくれない、と判断したからじゃないのか」
「それは――……」
私が言葉に詰まると、シュッセル公子は畳みかけるように続ける。
「我がシュッセル家と同じく、裏社会に精通している割に上手く使えていないのは、猫憑きらしく思うが。ウチに頼るほど、財政難だったとは知らなかったぞ」
「王城内にいる猫たち。私たちの指示で動いてくれる猫たちの食事代や世話代が、結構かかるんです」
「ゴミを漁る猫たちの面倒まで見ているのか。それで自分たちが困窮していても」
「それが我が家の方針ですから」
私はギュッと両手を握り締めた。口調や言葉の端々に、我が家を愚弄しているのが見て取れたからだ。いや、それだけではない。猫に対しても。
「アホとしか言いようがないな。上手くやればウチから援助を受けなくても、十分にやっていけるってのに」
「猫を犯罪の道具にするつもりはありません」
「だが、その代わりに俺と婚約させられたんだぞ。隠しているつもりかもしれないが、嫌だって顔に書いてあるのがバレバレだ」
媚びも売らない。愛想も振らなければ、誰だってそう思うだろう。けれど、私にはそれができなかった。
「これなら、猫の方が優秀だな。餌をチラつかせれば、簡単に寄ってくる」
「そんなことはない」
えっ、と思った瞬間、肩を引かれた。背中に当たる体温に、心臓がうるさく鳴る。
「カー……グルーバー侯爵様」
そういうと、一瞬だけ寂しそうな顔をされた。思わずアッとなったが、時はすでに遅し。
カーティス様は私とシュッセル公子の間に割って入っていた。
「餌を見せても寄って来ないし、顔を見せたと思ったら逃げられるし、大変なんだぞ」
カーティス様……それはモディカ公園で体験した出来事でしょうか。そうだとしたら、本当にすみません。
「なんだ。忠犬といわれているから、とうとう猫にまで避けられたのか。滑稽なことだな」
シュッセル公子の言葉にも否定できなかった。だって、その通りだから。
「それで、自分に靡かなかった猫を、未練がましく様子を見に来たってわけか」
「えっ?」
「だが残念だったな。今は俺の猫だ。忠犬は大人しく、飼い主様のところに戻れ」
「あっ」
シュッセル公子はそう言い放つと、カーティス様の後ろにいた私の腕を掴んだ。
嫌っ!
その瞬間、カーティス様の腕に手を伸ばした。と同時に、カーティス様も私の手を掴もうとしてくれた。
ダメ! ここで頼るわけにはいかない!
私は咄嗟に手を下ろす。
「ル……マクギニス嬢」
シュッセル公子に腕を引かれながら、私は下ろした手を胸に当てた。先ほど、カーティス様が感じた寂しさを、私も感じてしまったから。
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