第5話 依頼内容は潜入調査(1)

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第5話 依頼内容は潜入調査(1)

 馬車に揺られること、一時間。その間、騎士団長様は依頼内容を一切話されなかった。  すぐにグルーバー侯爵邸に着くからだと踏んでいたら、まさか一時間もかかるなんて。  しかもこの馬車、スピードが結構、出ていたような気がする。  騎士団長様は平然としていたけれど、白猫はずっと、私にしがみついていた。終始(しゅうし)無言(むごん)でいてくれたのは、逆にありがたいと思えるほどに。 「マクギニス嬢。着いたようだが、大丈夫か?」 「はい、私は大丈夫です」  馬車の揺れに白猫が怯えていたため、優しく撫でていたからだろう。 「馬車から降りるから、もう大丈夫よ」  そっと声をかけて宥めた。  向かう先は、忠犬近衛騎士団長、カーティス・グルーバー侯爵様の邸宅。  怯えた白猫の姿が、まるで自分のように見えて、私は逆に心を落ち着かせることができた。  ふさふさした白い毛並みに、顔を()り寄せて、もう一度声をかける。 「大丈夫。怖くないからね」  すりすりしていると、「にゃ~」という鳴き声がようやく返って来た。それが合図になったのか、騎士団長様は馬車の扉を開けた。  時間がないと言っていたのに、待っていてくれたんだ。帰ったら、ピナを通して猫たちに言わないと。忠犬と言われているけれど、騎士団長様は優しい方よ、って。 「ありがとうございます。騎士団長様」 「これで猫たちも心を開いてくれるだろうか」  騎士団長様の手を取って馬車から降りると、思いがけない言葉が返って来た。  確かに、動物に懐かれないのって、地味に傷つくものね。 「大丈夫です。私が言い聞かせておきますから」  猫を大事にしてくれる人に悪い人はいない! 我がマクギニス伯爵家の家訓に背く猫はいないだろう。 「それから屋敷に入る前に直してもらいたいのだが」 「何を、でしょうか」  直すことなんて、あったかしら。 「騎士団長ではなく、カーティスと呼んでもらえないだろうか」 「……侯爵様ではダメですか?」 「ダメではないが、今後のためにも」 「今後、とは?」 「……依頼内容の都合で、だ」  つまり、身分を隠さなければならない内容なんですね。 「分かりました。……カーティス様とお呼びすればいいんですね」 「あぁ。今はそれで」  今は、ということは……様を外さなければならない場面もある、ということですか。帰ったら、練習しておかないと。  ***  グルーバー侯爵邸に通されて、改めて白猫を中に入れて良かったのか、悩んでしまった。  けれど、この重々しい廊下をカーティス様と二人で歩くなんて、考えただけでもゾッとしてしまう。  白猫を抱いていなかったら、馬車の中に引き返していたことだろう。  まぁこれは、別にグルーバー侯爵邸に限ったことではないのだけれど。私はどうも他家へ訪問するのが、昔から苦手らしい。  舞踏会のような生活感のない場所なら平気なんだけど。  グルーバー侯爵邸は特に我が家と違い過ぎていて落ち着かない。  我がマクギニス伯爵家が(おんな)所帯(じょたい)のせいもあるんだけど。何というか、一言で言うと華やかさがないのだ。 「そういえば、婚約者はいらっしゃらないのですか?」  いるだけで空気が明るくなる、そんな存在が。  すると、カーティス様はとても動揺している様子だった。後ろから見ても分かるほどに。  私はただ、素朴な疑問を投げかけただけなのに。 「いるように見えるだろうか」 「いいえ、ないので確認しただけです。カーティス様ほどの方なら、婚約者の一人や二人、いてもおかしくはないかと思いまして」 「婚約者が二人もいたら、俺は今頃、職を失っているぞ」 「まぁ、そうですわね。でも、任務などで偽装婚約者様がそのまま婚約者、などあるのかと思いまして」  一般常識から考えて、忠犬と言われるほど王家に忠誠を誓っている人物だ。自然と真面目な方、だと推測できるだろう。  加えて、爵位は侯爵。近衛騎士団の団長も務めている男性を、世の女性、または各家門が放っておくだろうか。勿論、我が家は違うけれど。 「そんな物語のようなことが起こり得ると思うか?」 「いいえ。思いませんわ」  動揺した姿に、思わず悪戯心(いたずらごころ)がくすぐられて突いてみたのだが、やっぱり犬は犬かしら。遊び心がない。 「気になるか?」 「私が侯爵邸に来たことを、婚約者様の耳に入ったら大変だと思っただけです。仮にそうだとしたら、カーティス様も困りますでしょう?」 「まぁ、確かにそうだな」 「私も何を言われるか分かりません」  ただでさえ、猫憑きということで、他の令嬢たちから線引きされているのに。さらにやっかみまで受けるのは嫌だわ。 「今回の場合はいいのか? 未婚の女性が男の家に来るのは。しかも同じ、婚約者がいない立場だ。()らぬ噂をたてる者もいるだろう」 「ご心配には及びません。猫憑きの私に、そのような無粋な考えを抱く者などいませんわ」 「そんなことはないと思うが……」  そう言うカーティス様の寂しげな顔に、ちょっと悪いことをしたような気分になった。  やはり忠犬は、他の殿方と違うのかしら。こんな私に対しても、気を遣ってくださる。  ううん。依頼をスムーズに了承してもらうために、そうしているだけよ。勘違いをしてはいけないわ。  不満げな顔をしている白猫に視線を向けて、私はその場をやり過ごした。
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