愛の短歌

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「美夜子、今夜は久しぶりに海鮮ひよひよおでんが食べたいな?」  出勤前にそう呟くと、背中に冷たい空気が覆いかぶさった。  寒いよ美夜子、それに怖い。  また怒らせてしまったのか、俺は。  ついたため息が、波紋のように玄関から家の隅々へと広がっていく。  振り返る勇気はもうない。 「行ってくるな……」  ゴミはちゃんと出してるさ、散々美夜子に教育されたからな。再教育──なんて笑っていやがったけど。  なぁ、美夜子……再教育はまだまだ途中なんだろ?俺はまだまだ、小学生レベルなんだろ?  義務教育をほっぽりだしたら教育放棄だろ、それは。  俺の許可なく天国に行きやがって……高い肉もバッグも「買っていいかな?」なんて許可はいらねぇ。美夜子が欲しいなら買えばいいんだ。だけど、先に天国に行くのはだめだ!そこは一人で逝くなよ! 「なんで病気なんかに負けたんだ……美夜子」  ほら、しんとした家に帰って来ると、ずっと仏壇の前でメソメソしちまうんだ、何時間も何日もな。  そのうち独り言と一人芝居が始まって、俺はずっと美夜子を追いかけているんだ。カケラひと粒でもいい、美夜子がいた毎日を追いかけてしまうんだ。  俺達はよく喧嘩したけど、短歌でもやりやったよな。  だから一人芝居のテーマは「愛の短歌」にした。  俺達の出会いが短歌だったからなぁ。  美夜子ならこう詠むだろうって考えていると、美夜子がいない現実から遠ざかる事ができるんだ。
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