14人が本棚に入れています
本棚に追加
「美夜子、今夜は久しぶりに海鮮ひよひよおでんが食べたいな?」
出勤前にそう呟くと、背中に冷たい空気が覆いかぶさった。
寒いよ美夜子、それに怖い。
また怒らせてしまったのか、俺は。
ついたため息が、波紋のように玄関から家の隅々へと広がっていく。
振り返る勇気はもうない。
「行ってくるな……」
ゴミはちゃんと出してるさ、散々美夜子に教育されたからな。再教育──なんて笑っていやがったけど。
なぁ、美夜子……再教育はまだまだ途中なんだろ?俺はまだまだ、小学生レベルなんだろ?
義務教育をほっぽりだしたら教育放棄だろ、それは。
俺の許可なく天国に行きやがって……高い肉もバッグも「買っていいかな?」なんて許可はいらねぇ。美夜子が欲しいなら買えばいいんだ。だけど、先に天国に行くのはだめだ!そこは一人で逝くなよ!
「なんで病気なんかに負けたんだ……美夜子」
ほら、しんとした家に帰って来ると、ずっと仏壇の前でメソメソしちまうんだ、何時間も何日もな。
そのうち独り言と一人芝居が始まって、俺はずっと美夜子を追いかけているんだ。カケラひと粒でもいい、美夜子がいた毎日を追いかけてしまうんだ。
俺達はよく喧嘩したけど、短歌でもやりやったよな。
だから一人芝居のテーマは「愛の短歌」にした。
俺達の出会いが短歌だったからなぁ。
美夜子ならこう詠むだろうって考えていると、美夜子がいない現実から遠ざかる事ができるんだ。
最初のコメントを投稿しよう!