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「え、知らなかった? 私、修道院で育ったのよ」
ベッドから片身を出したまま私は答える。男はまるで想像のつかないことを言われたという顔をした。皆、初めて聞くとこういう反応をする。そして思いついたように、
「あ、じゃ、もしかして」
「そう、みなしごだったの」
悪いことを聞いてしまったという色が浮かぶことにも慣れている。サイドテーブルの上からぬるいミネラルウォーターをとってキャップを外しながら、私は口角を上げて微笑んでみせた。
「気にしないで。いまさらって感じなんだけど。私の方は」
ごくごくと喉を潤し、残りを男に差し出した。
男の瞼を閉じさせて、私はホテルの部屋を出た。殺すことは平気な癖に、断末魔の目を見るのは得意ではない。あの目は永遠に残るような気がする。だから。瞼を閉じさせて、隠すのだ。
隠してしまいさえすれば、あとはもう気にならない。
毒はもちろん、あのミネラルウォーターに入っていたわけではない。だって、私も飲んでいるもの。
その前に軽く飲んだワインの方。
グラスにそっと毒を仕込んだ。何の警戒心もなく欲望に気が立っている男を欺くなんて、たやすいこと。遅効性の毒だった。
私はごくさりげなく、堂々とフロントの前を抜けて自動ドアから外に出る。
真っ黒な猫が1匹目の前を横切って逃げた。
すぐに闇に紛れてしまう。
私はといえば、闇に紛れる必要はないので、純白のカシミヤのコートの裾をふわりとさせて、大股で歩いた。
市街の外れにあったホテルを後にして路地に入り、お気に入りのライターでシガレットに点火する。
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