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 季節は初夏になっていた。  私はピンクの安っぽいTシャツにジーンズ、サンダル履きで大学の門をくぐる。  それなりに名を知られた大学なので、そんな恰好をしている人はごく少ない。女子は上品なワンピースやブラウス、ミモレやロング、あるいはタイトのスカート。髪も手入れしてストレートパーマやゆるふわパーマの人が多い。  私は一つにきつく編んだ三つ編み。化粧っ気もゼロ。  修道院の慈善事業のおこぼれで育ってきた私にはちょうどお似合いの髪型と服装。高校卒業と同時に大学に上がれた私はかなり恵まれていた。大概の子は高卒で働きはじめる。しかもその多くは最低賃金ぎりぎりのパート・アルバイトの接客業。彼ら・彼女らが風俗に足を踏み入れるのは時間の問題だった。  けれど、私は自分が選ばれた存在などとはもちろん思っていない。  たまたま運がよかっただけ。  けれど、この運が、私に長年の望みを叶えさせてくれるようになった。  そういう意味では「神」は私を見捨ててはいないようだ。  たとえ「憎悪」の権化のような「神」であっても。  階段教室の教壇の真ん前に私はいつも座る。誰かとつるむこともない。もっとも、誰も私なんかに声をかけはしない。この姿恰好では、異質に映るのは計算済み。それが狙いなんだから。  宗教学の一般教養。修道院で育った私には簡単すぎる。本当は私は、修道院のおこぼれで生活しながら、いろいろな宗教を独学で勉強してきた。イスラムもユダヤも、神道も仏教も。ヒンズーもゾロアスター教も。  それが私の慰めだった。  そして、歴史を見れば宗教の名のもとに流されたおびただしい血。そういう歴史を知るのが喜びだった。  教授はロマンスグレーの黒ぶち眼鏡をかけた素敵なおじさま。  ひそかに憧れている女学生は多い。  私は貧乏くさい恰好で、真ん前で先生の講義に耳を傾ける。  流されたおびただしい血の色と臭いを感じながら。
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