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店を出た時には、菜摘も彼もすっかり酔っていた。
ホテルに戻り、彼の部屋の前で、
「今夜はごちそうさまでした。あれ、経費で落ちるんですか?」
「いやいや。さすがに無理だよ」
「えっ、そうだったんですか?じゃあ私、自分の分、払いますよ」
慌てて財布を出そうとする菜摘を制して、
「菜摘ちゃんは、日頃頑張ってくれてるから。人が嫌がるような雑務も、さり気なくやってくれてるし。そのお礼」
やさしく微笑んでくれた。
ドクンと鼓動を感じる。これはきっと、ワインの酔いだけではない。
ただでさえ熱くなっていた頬が、さらに火照りを増す。
「うん?何か付いてる?」
慶一さんが、目の下を拭きとる仕草をする。菜摘の視線が釘付けになっていたようだ。
「あっ、いえ、大丈夫です!」
慌てて視線を外し、
「それじゃあ、お休みなさい」
隣の自分の部屋に入ろうとした。と、
「菜摘ちゃん!」
呼び止める慶一の声。続いて、
「もう少し、話さないか?」
(それは……)
迷ったのに、菜摘の首はもう縦に振られていた。
彼の部屋。
ワインの心地よい酔いに、2人は解放的になっていた。
ベッドに並んで座り、10階の部屋の窓からの街の夜景を眺めながら、また少しお酒を飲んだ。
彼が好きだというブランデー。
「ねえ、慶一さん」
菜摘は大胆にも、そう呼んでいた。
「ん?」
「特別な場所って、言ってましたけど……」
「……?」
「さっきのお店」
「あぁ……」
彼と視線が交わり、一瞬見つめ合う。
彼の瞳を見つめたまま、
「どういう特別、なんですか?」
「いちばん好きな人と来る場所」
彼はそう言って、ほのかに微笑んだ。
そのまま菜摘は、彼のベッドで朝を迎えた。
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